なゐふる!

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    ▲クリックで拡大、適当なサイズでごらんください。

* 先日、ヤモリの画像をアップしたところ、ヤモリとイモリ、トカゲのことを問う人がありました。
 そこで、こんなブログ(クリック)を探してきました。
 趣味の方はいらっしゃるんですねぇ… (*_*)
 きっと人類の誕生より早い時代から、営々と生き続けてきた先輩達の子孫なのでしょう。

* また、「なゐ」の原義は「大地」であったが、転じて「地震」となった経過がおぼろげながら察しがつきました。鴨長明が方丈記で触れていた「なゐふる」と「なゐ」の関係です。
 愛知県西尾市の図書館の資料(クリック)を読んでみます。
 先ず元暦二年の頃、大地震ふること侍りき」とあります。「地震ふる(なゐ震る)」が地震の正式の呼称だったことが分かります。
 なお、元暦2年は西暦1185年にあたり、寿永4年でもあります。というのはこの年の平氏はは2月 屋島の戦いに敗れますが、その間安徳天皇を擁しており、源氏方とは別の元号を使っていたのです。この争いの顛末の一端は以前に「西行絵巻」のところで触れました。
 読み進めると今度は「おそれの中に恐るべかりけるは、只地震なりけりとぞ覚え侍りし」という言葉が出てきます。「一番恐ろしいのは地震だ」というわけです。ここでは「ただ地震(なゐ)なりけり」と「震る(ふる)」や「揺る(よる)」という言葉をつけず、「なゐ」だけで「地震」を表しています。
 さらに読み進めると「昔、齊衡(せいかう)の頃かとよ。大地震ふりて、東大寺の仏のみぐし(御頭)落ちなどして…」と「大地震ふりて」という言葉が出てきます。「大地震で東大寺の仏像の頭部が落ちた」というわけです。
 こう読むと鴨長明自身は大地が震える「なゐふる」と地震を表現することも、「なゐ」だけで地震を表現することもあり、併用していたことがわかります。つまり「なゐ」はその原義「大地」の意味でも、単に「地震」の意味でも使われていたのです。
by itya-tyan | 2011-06-13 15:36 | 喜怒哀楽をともに… | Trackback | Comments(0)
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