川柳で詠む「文化の日」  

今日は文化の日です!
で、少しいたずら心も働いて、川柳などでお目汚しを…!
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 * 川柳をブログにアップ文化の日
 何と言うこともない川柳ですが、文化の日にパソコンなどに向かっている「文化性」ってなんだろなぁ…、もっと文化の香りする過ごし方はないのンかいナ…!という自嘲めいたくすぐりの積もりで…!
 * 文化の日自由と平和の意気新た
 こちらはチト真面目に…。「国民の祝日に関する法律」を見ると文化の日の項には「自由と平和を愛し、文化をすすめる」とあります。つまり、文化のツボは「自由と平和」にあるんですねぇ…。ボクの性にあいます。ハシスト君をはじめ聞かせてやりたいエセ政治家が一杯いるからねぇ…。
 で、もちろん憲法です。第25条「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」のです!
 特に後段が大事です。国会議員・政府閣僚諸君によく言い聞かせてやらねばなりませんなぁ…。国民には「最低限度の権利」があり、国にはこの最低限度を常に「向上、増進させる義務・責務がある」のですからねぇ…。「維持」しているだけではダメなのです。
 カネがない?「自由と平和」に役立たないカネこそむだ遣いなのです。思い当たるでしょ?
 * 「君が代」の歌意羞かしき文化の日
 この句には少し説明を要する方が増えているのかも知れません。
 11月3日は明治天皇在位中は「天長節」と呼ばれ明治天皇の誕生日を祝う祝日だったのです。当初は旧暦で祝われていましたが、1974年(明治6年)以後新暦で祝われるようになりました。天長節は昭和の時代には昭和天皇の誕生日(4月29日)に変わりましたが、大正天皇の誕生日(8月31日)は明治天皇逝去(7月30日)の直後だったため祝日にならず、他の日(10月31日)が天長節にあてられたようです。
 ともあれ、明治天皇の誕生日が形を変えて「国民の休日」となった。近代天皇制と侵略と戦争の象徴的な日から「自由と平和」の日に変わったのですから、この大きな変化の意味をしっかり噛みしめたいと思います。
 さて、「君が代」です。これは明治維新後、諸外国との折衝に際して何らかの楽曲が必要だとの認識のもと常用されるにいたりましたが、元来「陛下奉祝の楽譜」にすぎず、「国歌」としての法制的な位置づけはありませんでした。記録によると「(当時の)軍務局長上申書である『陛下奉祝ノ楽譜改正相成度之儀ニ付上申』が施行」され、「1880年(明治13年) 天長節祝賀の宮中で『君が代』が初めて披露された」そうです。その後の明治26年(1893年)8月12日に文部省が「君が代」等を収めた「祝日大祭日歌詞竝樂譜」を官報に掲載・告示したにすぎません(竝:ならびに)。
 興味深いのは歌詞および歌意についてです。
 作者について色々な説を唱える人がありますが、実際のところは不明というのが実態でしょう。「歌詞の出典はしばしば『古今和歌集』(古今和歌集巻七賀歌巻頭歌、題しらず、読人しらず、国歌大観番号343番)とされるが古今集のテキストにおいては初句を『わが君は』とし、現在採用されているかたちとの完全な一致は見られない」というのが真相です。「わが君」が天皇をさすのかどうかについても諸説があり定かではありません。
 歌意については「元々は年賀のためであったこの歌は、鎌倉期・室町期に入ると、おめでたい歌として賀歌に限られない使われ方が始まり、色々な歌集に祝いごとの歌として収録されることになる。仏教の延年舞にはそのまま用いられているし、田楽・猿楽・謡曲などには変形されて引用された。一般には「宴会の最後の歌」「お開きの歌」「舞納め歌」として使われていたらしく、『曽我物語』の曽我兄弟や『義経記』の静御前などにもその例を見ることができる。
江戸時代には、性を含意した「君が代は千代にやちよにさゞれ石の岩ほと成りて苔のむすまで」(「岩」が男性器、「ほと」が女性器を、「成りて」が性交を指す)に変形されて隆達節の巻頭に載り(同じ歌が米国ボストン美術館蔵「京都妓楼遊園図」[六曲一双、紙本着彩、17世紀後半、作者不詳]上にもみられる)、おめでたい歌として小唄、長唄、浄瑠璃、仮名草子、浮世草子、読本、祭礼歌、盆踊り、舟歌、薩摩琵琶、門付等にあるときはそのままの形で、あるときは変形されて使われた」という解説があります。江戸時代には「性を含意した」とはいささか強引に思えますが、猥雑な唄の一つだったのは間違いないようにも思えます…!
 確かに「君が代は色街で唄い継がれていた」「隆達節がその発祥だ」と唱える人は他にも多く、ボクはそれなりに説得力のある説明だと考えています。
*「隆達節」とは大阪府堺市堺区にある法華宗本門流の寺で常住山顕本寺(けんぽんじ)の坊の一つ高三坊に在した高三隆達があみ出した小唄「隆達節」のことです。
 そんなわけで
 * 「君が代」の歌意羞かしき文化の日
 と詠んでみたのです。

 とまれ、とんだ文化の日になりましたねぇ…。m(__)m 敬白

 
 
by itya-tyan | 2011-11-03 14:52 | 喜怒哀楽をともに… | Trackback | Comments(0)
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