沖縄県全戦没者追悼式で…!

 「みるく世(ゆ)がやゆら」  
 昨日は6月23日。色々な思いの重なる日です。
 ボクは昼間、寺田町で会議と作業。
 夕刻、扇町公園での戦争立法に反対する集会とデモに参加。
 今朝、新聞で読んだこの詩。
 沖縄県全戦没者追悼式で、与勝高校3年の知念捷(まさる)君が朗読したそうです。
 どうしてもアップしなければ…との思いに駆られました。

  「みるく世(ゆ)がやゆら」
                 与勝高校3年 知念捷


   

 みるく世(ゆ)がやゆら
 平和を願った 古(いにしえ)の琉球人が詠んだ琉歌(りゅうか)が 私へ訴える
 「戦世(いくさゆ)や済(し)まち みるく世(ゆ)ややがて 嘆(なじ)くなよ臣下(しんか) 命(ぬち)ど宝(たから)」
 七〇年前のあの日と同じように
 今年もまたせみの鳴き声が梅雨の終りを告げる
 七〇年目の慰霊の日
 大地の恵みを受け 大きく育ったクワディーサーの木々の間を
 夏至南風(かーちーべー)の 湿った潮風が吹き抜ける
 せみの声は微(かす)かに 風の中へと消えてゆく
 クワディーサーの木々に触れ せみの声に耳を澄ます
 みるく世がやゆら
 「今は平和でしょうか」と 私は風に問う
 花を愛し 踊りを愛し 私を孫のように愛してくれた 祖父の姉
 戦後七〇年 再婚をせず戦争未亡人として生き抜いた 祖父の姉
 九十才を超え 彼女の体は折れ曲がり ベッドへと横臥(おうが)する
 一九四五年 沖縄戦 彼女は愛する夫を失った
 一人 妻と乳飲み子を残し 二十二才の若い死
 南部の戦跡へと 礎へと
 夫の足跡を 夫のぬくもりを 求め探しまわった
 彼女のもとには 戦死を報(しら)せる紙一枚
 亀甲墓に納められた骨壺(こつつぼ)には 彼女が拾った小さな石

 戦後七〇年を前にして 彼女は認知症を患った
 愛する夫のことを 若い夫婦の幸せを奪った あの戦争を
 すべての記憶が 漆黒の闇へと消えゆくのを前にして
 彼女は歌う
 愛する夫と戦争の記憶を呼び止めるかのように
 あなたが笑ってお戻りになられることをお待ちしていますと
 軍人節の歌に込め 何十回 何百回と
 次第に途切れ途切れになる 彼女の歌声
 無慈悲にも自然の摂理は 彼女の記憶を風の中へと消してゆく
 七〇年の時を経て 彼女の哀(かな)しみが 刻まれた頬を涙がつたう
 蒼天(そうてん)に飛び立つ鳩を 平和の象徴というのなら
 彼女が戦争の惨めさと 戦争の風化の現状を 私へ物語る

 みるく世がやゆら
 彼女の夫の名が 二十四万もの犠牲者の名が刻まれた礎に 私は問う
 みるく世がやゆら
 頭上を飛び交う戦闘機 クワディーサーの葉のたゆたい
 六月二十三日の世界に 私は問う
 みるく世がやゆら
 戦争の恐ろしさを知らぬ私に 私は問う
 気が重い 一層 戦争のことは風に流してしまいたい
 しかし忘れてはならぬ 彼女の記憶を 戦争の惨めさを
 伝えねばならぬ 彼女の哀しさを 平和の尊さを

 みるく世がやゆら
 せみよ 大きく鳴け 思うがままに
 クワディーサーよ 大きく育て 燦燦(さんさん)と注ぐ光を浴びて
 古のあの琉歌(うた)よ 時を超え今 世界中を駆け巡れ
 今が平和で これからも平和であり続けるために
 みるく世がやゆら
 潮風に吹かれ 私は彼女の記憶を心に留める
 みるく世の素晴らしさを 未来へと繋(つな)ぐ

*みるく世がやゆら 「平和でしょうか」という意味。
*「戦世や…」の琉歌(叙情短詩形の歌謡) 「戦争の時代は終わった。平和の世にやがてなるのだから、嘆くな臣下たちよ、命こそ宝」という意味。
*クワディーサー シクンシ科の大高木。和名モモタマナ(桃玉名)。公園や校庭によく植えられ、木陰は憩いの場となります。
by itya-tyan | 2015-06-24 09:04 | 喜怒哀楽をともに… | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : http://isao3264.exblog.jp/tb/24619815
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。