「みるく世(ゆ)がやゆら」によせて…!

 ボクが「みるく世(ゆ)がやゆら」という詩のことをアップしていることを知っていた友人が、中島俊晴さん(ウィーン在住)のブログのコピーを送ってくれました。
 ブログを探すとありました。こんな内容でした。

 みるく世がやゆら
ウィーンは冬に逆戻りしたかのような寒さで、今日は14度しかありませんでした。
ウィーンから遠い東の島、沖縄は6月23日慰霊の日を迎えました。
70年の節目の年です。
高校生の詠んだ詩、『みるく世がやゆら』が僕の心を大きく揺さぶりました。
今の世は平和ですか?
という意味のこの言葉が、何度も何度も繰り返され、そのたびに色々なことを考えました。
痴呆が進んだおじいさんの姉に思いを馳せながら、彼なりの反戦の意思を切々と伝えています。
戦後70年となり、国民の多くは戦争を知らない世代になりました。
ニュースには、これまで重要な役割を果たしてこられた原爆や沖縄戦の語り部さんたちが亡くなられたことを知らせるものも増えました。
今は伝える側も、実際に戦争を体験した世代ではなく、子、そして孫の世代に代変わりしています。
僕のはじめての戦争体験談は、祖母の話でした。
小学校の夏休みの宿題で、ある戦争のお話について読書感想文を書いたとき、ふと祖母に戦争について尋ねたのでした。
いわゆる内地にいた祖母の話は、ふーん。というぐらいにしか聞いていなかったのですが、時間があったらこれを読みなさいと渡されたのが、祖父が寄稿していたビルマ戦線についての手記でした。
そこに書かれていたものは、それまでの僕の世界観をがらりと変えました。
まだ幼いながらに、はじめて戦争について深く考えるきっかけをくれた、そんな一冊でした。
それから何年も経ち、ウィーンに渡って語学学校の隣の席になったマリアンナ。
彼女は、ユーゴスラビア紛争を体験した人でした。
自分の国について話しなさいという課題が出たとき、彼女は堪えきれずに涙しました。
そして、こう言いました。
日本はすごい。戦争から立ち直った。私たちはたくさんあなたたちの国から学ばなければならない。
外国の人はそう思ってくれているけれど、本当に今、戦争から日本が立ち直ったと胸をはって言えるでしょうか。
新しい法案についての記事を読むたびに、本当にそれでいいのか?と考えます。
しないと決めたはずの戦争に、再び向かっているのではないか…。
誰もが持っているそんな不安を、慰霊の日に登場した一人の高校生は、
みるく世がやゆら
という言葉で、代弁してくれているような気がしました。
ウィーンに来て、戦争が身近だった人たちと知り合い、僕の価値観もまた大きく変わりました。
平和は当たり前のものではなくて、守り、反戦の意思を貫いてこそ、はじめて成り立つのです。
この夏は、沖縄の反戦の歌をいくつか歌います。
僕なりの反戦の意思を、その歌に乗せて、伝えられればいいなぁと思います。
これまでの70年が平和だったように、これからの70年、もっともっと長いこの先の未来が、平和であり続けるように、真剣に『みるく世がやゆら』と問い続けなければなりません。
                       2015年6月24日

 中島さんのブログはここです(クリック)
by itya-tyan | 2015-06-28 12:36 | 喜怒哀楽をともに… | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : http://isao3264.exblog.jp/tb/24634314
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。