4 請願権(その由来)

 人民の血と汗、涙の闘いで勝ち取った要求を表明する権利

  請願権は選挙権に並ぶ、参政権保障の重要な内容です。そこで、地方政治の枠から少し範囲を広げ、その由来や憲法上の規定、議会請願の実際など、2〜3回に分けて考えてみましょう。
 請願という言葉は、文字通りの意味では「請い願う」というものですから、何となく国民や住民が下からお願いするように聞こえて、馴染みにくいと思いがちです。そう思うのは故なきことではありません。 ここでは詳述できませんが、それまで「朕(ちん・我)は法なり、朕は国家なり」(フランス・ルイ14世)と圧政をふるっていた君主(王)にたいして人民がつめより、譲歩をさせ、基本的人権の一つとして認めさせたのが請願権なのです。ですから請願という行為それ自体には、ほんらい相当に強い意味あいが込められていたはずです。しかし、これを日本語にうつす際、「願い出る」という色合いの濃い「請願」という言葉が用いられ、定着してきた経過があるからです。
 そこで「請願権」という言葉を「社会科学総合辞典」(新日本出版社)でひいてみると、「人民が、君主や、議会、政府、行政、その他、国政、地方政治のあらゆる問題について要求を表明する権利」とあり、「1689年のイギリス権利章典でみとめられ、フランス革命後の1791年フランス憲法で基本的権利の一つとされ、近代国家においては各国の憲法で国民の権利として規定されている」とあります。「要求を表明する権利」と説明されると、ピッタリくるのではないでしょうか。
 日本の歴史をみると、徳川幕藩体制の末期に農民の一揆が多発し、江戸表への直訴などが起こりました。しかし、この直訴は御法度とされており、仮に農民らの要求が部分的に実現された場合でも、その実行者や「首謀者」には獄門(ごくもん)、磔(はりつけ)、さらし首などの極刑が待ち受けていました。こうした過酷な仕打ちを許さず、「要求を表明する権利」を認め、その権利を行使しても、「いかなる差別待遇も受けない」ことを保障するのが、今日の「請願権」の内容です。