金星・木星・三日月の競演

 昨夕、退勤の帰路、電車を降りていつものように家へ電話をかけようとケータイを取り出しながら、ふと西の空を眺めると明るい星が二つ斜めにならんでいる。その下には三日月が…。可愛い目とおちょぼ口が三角形を結んでいる。濃紺の夜空に金色の三角形…。絵本でも眺めているような愉しい光景だ。電話口に出た連れあいに「ちょっと外に出てみぃ。綺麗やで!」と声をかける。「どこ?どこ?見にでる!そこまでに迎えに行く!」と慌て気味の声がする。
 帰路を急ぎながら「あの星は何と言うんだろう!一つは宵の明星かな?Kちゃんに聞いてみよう」と思う。彼は星が好きで、ちょっと詳しい。ケータイに出てきたKちゃんは「今、家でG君と呑んでる」という。「ちょっと出れるか?あの星何と言うんかなぁ?」。「待って、待って、外に出る」。「どこや?どこや?」。「西、西!西の空!」。「あっ!ほんとや!きれいなぁ!」。「あの星、何や?何でこうなってるンや?」。「わからん!偶然やろ」。道路の向こうにKちゃん、G君が出てきて、夜空を見上げている。二人の黒い影…。足を停めずに手を振ると、気がついたらしい。二人も手を振っている。
 橋の手前で連れあいに会う。「きれい!きれい!」を連発しながら、欄干にもたれ、歩を停める。川面に逆さまになった星と月の三角形がきらきら耀いている。「そうや!S子ちゃんに電話したろ!ケータイ貸して…」。ケータイにかけるも出ない。「家に掛けよ!」。「もしもし、お月さんと星がきれいで、ちょっと裏から顔だしてみぃ!」。S子ちゃんの家は川に沿っているから、ここから見るのとは違う深い風情があるだろう。家の方を見ていると、パッと灯りがついて、人が出てくる。しばらく眺めてから、こちらを振り返っている。手を振る。向こうからも手を振り返す。娘さんらしい。
 家に着いた途端、電話が鳴る。Kちゃんだ。「わかったで、下が木星。上が金星や!」。「ふーん!やっぱりよう知ってるなぁ」。
 連れあいが「そうや!お隣さんに教えたろぅ!」と飛び出して行く。何事かと顔を出した奥さん「わぁきれい!童話みたい!お父ちゃんも呼んでこぅ!」。食事中だったらしいご主人が、これまた何事だ!と、口をもぐもぐさせながら出てこられる。
 何か、得をしたような気分。二人だけなのだが、食事は感動的な夜空の話で盛り上がっていた。月と星。ほんの少しの時間で位置は大きく変わるはずだ。「どうなってるんやろぅ?」。外に出てみると、つい先ほどまでメルヘンチックにかがやいていた、きらきらした二つの目、おちょぼ口の三角形は既に沈んでいた。空が動いたのか。地球が動いたのか。空も地球も動いているのか。金星と木星がこんなにも至近に見える夜、三日月までが絡む夜があるのか!
 見つけた自分は本当にロマンチストだなぁ!口には出さなかったが、内心はとても充実していた。ボクは目が悪いから、本当に夜空を愉しむ機会は多くはなかった。だから、見えるときは目をこらして見る。その甲斐のある一夜だった。
 今朝、新聞を見ると「朝日」にも「赤旗」にもその一夜の写真が掲載されている。「そうか!新聞に載せるほど価値のある場面を見ていたのか!」。Kちゃんから電話。「夕べ、金星と木星の位置を反対に説明した!」。
 いいんだよ!暗澹となるほど悲しい事件が続き、辟易するほど苛立たしい政局が続く、そんな日々の憂さを晴らしてくれた星や月…。宇宙を眺めるロマン!地上に生きるロマン!そんなありがたさを感得できた一夜だったのだから…。      〆
by itya-tyan | 2008-12-02 20:24 | 喜怒哀楽をともに… | Trackback | Comments(1)
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Commented by 471 at 2008-12-08 23:55 x
 私も見ましたよぉ~。多分、同じ頃に見たんでしょう。「空に顔が…!」って思いました。
 嬉しいこと、誰かに知らせたくなるの、よく分かります。雪が降ってきた時とか、誰かに知らせたくなるんです。そういう発見を伝えられる誰かがいること、とても幸せだと思うんです。幸せをみんなに分けて、みんなでほのぼの~ってできた時間、とてもあたたかいですよね。盛り上がったのが目に浮かびます。
 ウチのだんなは既に知ってて、「今日は木星と金星が見えるで」と、エライあっさり言ってましたわ。そういう人なんですよねぇ…。
 お連れ合いの喜ぶ姿、かわいらしいですね。「キレイ!キレイ!」って感動できる感性、素敵だなぁと思います。
 今の世の中、そんな自然が織り成す不思議さと美しさに気がつかずに過していたり、また気づいてもそれに浸る余裕がないことも多いんじゃないかなぁ…感動できる感性と、人と人のつながりを大切にしたいもんですね。