2016年 09月 14日 ( 1 )

   暁を抱いて闇にいる蕾
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 今日は「あかつき川柳会」の主催する鶴彬の碑前祭の日でした。
 ボクにも挨拶の機会をいただいたので、大要、以下のようなことを話させてもらいました。
       *       *       *
 今日は9回目の碑前祭であり、取り仕切ってこられた「あかつき川柳会」創立15周年の年だと聞いております。まず、この間の労をねぎらい、お祝いの言葉を贈りたいと思います。
 鶴彬の作品を全集として最初に刊行されたのは一叩人(いっこうじん)さんでした。ここへ寄せていただくにあたり、もう一度目を通してきました。
 この碑にある句は昭和11年(1936年)3月15日の「蒼空」第4号、火箭集(かせんしゅう)に収録されている5つの句の一つです。順に読んでみます。
 村々の月は夜刈りの味方なり
 暁を抱いて闇にいる蕾
 枯芝よ!団結して春を待つ
 吸ひに行く 姉を殺した綿くずを
 貞操を為替に組んでふるさとへ

 綿くずって、今日のアスベストを思い出させますねぇ。
 これらの句を詠んだ時、鶴彬は27歳。ハンセン作家として有名な北条民雄が「いのちの初夜」を書いた年、堀辰雄が「風立ちぬ」を書いた年でした。
 政治的には、2・26事件により軍部ファシズム確立の端緒が開かれた年。人民戦線運動に大弾圧が加えられ、1千人余が検挙され、235人もの人が起訴された年です。この年メーデーが禁止され、スペインではあの内乱が起こった年でもあります。
 この碑の句について井上麟二氏(鶴彬が世話になった剣花坊氏の長男)が親しみを込めて、次のような評をしています。
 「これは鶴君の稀らしい感傷だ、闘志の先端に咲いた感傷の花だ、何か深刻な内容があるかに見える激しい語は使ってあるが、そんなことは作者の任意で、不思議と私はそんなものを感じない。そしてこれはいい句だとただ柔順に受け入れた。上手な君の句だから、と言ふ買かぶりがあるのではあるまいかと二度三度熟考したが、どんな未知の人の作であってもやっぱり秀句として抜く句である。この見解は鶴君には不満なのに違いないがそれは評者の罪ではない。こんな句を作った鶴君の罪である」
 鶴彬は一般に反戦川柳作家と言われていますが、本人は到達点として「プロレタリア川柳」と自称しています。この句にはリアリズムとリリシズムの見事な融合があるように思います。
 ひるがえって、安倍内閣は今、極端なだまし討ち、暴走を続けています。この時に、私たちはいかにあるべきか。鶴彬の決意を学ぶこと、引き継ぐことの大事さは言うまでもありません。しかし、私たちはそこからもう一歩前へ行かねばなりません。私たちはいつまでも「春を待つ枯芝」、「闇にいる蕾」であり続けるわけには行きません。先人たちが切り開いてくれた道をさらに大きく進まなければならないのだ、という気概をこめて碑の前での言葉としたいと思います。ご清聴ありがとうございました。