カテゴリ:地方政治の基礎用語( 55 )

今日は09年3月30日月曜日(最終回が掲載されたのは29日号です)。
出勤すると、Nさんという方から嬉しいメールが届いていました。
まさか、こんな追記を書かせていただけるとは、思ってもみませんでした。
ちょっと、手前ミソかとは思うのですが、紹介させていただきます。

☆ こんにちわ
 地方政治の基礎知識 のコラムが最終回となりました。
 連載中、行政書士試験勉強にとても参考になりました。
 切り抜いてテキストに貼ったり、ちょっとした疑問について
 目から鱗がおちることもございました。
 (おかげで合格点に達しました)
 本来の法の民主的精神がないがしろにされていると気づくことも多々ありました。
 連載をご担当された方にお礼申しあげます。

 過分の言葉ではありませんか!Nさん、ありがとうございます。
 合格点はもちろんNさんの精進のたまものでしょうが、「目から鱗」、「本来の法の民主的精神…」のくだりは、筆者として心がけてきたものだけに「真意をくみとっていただけたか!」と喜んでいます。
 Nさん!ありがとう!機会があれば、またご一緒に勉強したいと思います。  敬白 m(__)m
 定額給付金・投票人名簿

◇ 定額給付金の支給が始まりました…支給のトップは河南町。多くのところで支給のお知らせや申請手続きの案内が始まりましたが、かなり先になるところもあります。この申請には本人確認のための身分証明書(免許証や健康保険証など)と、振り込みの場合は希望する金融機関の通帳のコピーが必要とされており、様々な批判と議論がありました。このコピーについては全国では役場や公民館などで無料としているところもあり、長崎県佐世保市では三月議会で「添付を省く方針」を表明し、総務省も「きちんと本人確認できればかまわない」としていました。府内のある市ではホームページで「総務省からの通知により、原則必要とされていたコピーについて『省略することも差し支えない』との連絡があったための変更」として「困難な場合はコピーの添付は不要」としています。何かと話題の多い定額給付金ですが、みなさんの町ではどうなっているか、確認してみましょう。
◇ 国民投票の準備、投票人名簿システム構築交付金…各自治体の三月議会で「投票人名簿システム構築交付金・委託料」が予算化されています。これは来年5月の憲法改悪を意図した「国民投票法の全面施行」に備えるもので、「20歳以上・3ヵ月以上在住」を要件としている現在の「選挙人名簿」では間にあわず、「18歳以上・国民投票の期日現在」の「投票人名簿」をつくるための「システム構築」費用です。国の交付金総額は46・2億円、各自治体に分ければ僅かな額ですが軽視できません。憲法改悪阻止各界連絡会議(憲法会議)は2月25日総務省に「国民が改憲を求めていない時、予算計上や投票準備は直ちに中止を」と申し入れており、日本共産党の中原あきら岬町会議員は彼女のブログで「まさか自分の町の予算に、こんなけしからんモンがこっそり潜んでいようとは思ってもみませんでした。戦争への足音を聞く思いがしました」と糾明しています。9条を守り、憲法を守る政党の心意気ここにありというところでしょう。
  ◇    ◇    ◇
 さて、このシリーズも一年、書き足らぬことも多々残りましたが最終回です。ご愛読、時に戴いた激励に感謝して筆をおきます。敬白
 憲法からの逸脱は明らか

 久しぶりに出会った府庁OBの方が学力テスト結果の公開や高校再編、国際児童文学館の廃止、センチュリー交響楽団への補助金カットなどについて、「どうしてこんなことができるのか。橋下知事のやり方はひどい」と憤りの言葉をかけてきました。本当にひどい教育・文化行政への干渉、介入ぶりですが、府政に限らず市町村でも首長部局からの干渉・介入が強まっています。一方、教育行政機関の側には「首長のいうことだから仕方がない」と唯々諾々と従う傾向、無力感も漂っています。
 首長の強腰、教育機関の弱腰の背景に従来「教育憲法」と言われてきた教育基本法の改悪(06年)や、その具体化である学校教育法、教員免許法及び教育公務員特例法、地方行政の組織及び運営に関する法律(地教行法)、いわゆる「教育3法」の立て続けの改悪があるようです。この一連の動きをどう見るか。学陽書房刊の09年度版「教育小六法」の冒頭に掲載されている「教育法制のあらまし」の中に興味深い記述があります。
 たとえば、特筆すべきこととして「自民党と公明党の密室協議を経て、国会に上程された教育基本法案が06年12月15日の参議院本会議で可決、成立し」、「同じ日に防衛庁の『省』昇格と自衛隊の海外活動を自衛隊の『本来任務』とする法律も成立した」と述べ、「新教育基本法」は「改正内容において、憲法との一体性よりも、憲法的価値との緊張を強めざるを得ないねじれを生じている」と批判。「法制自体に大きく矛盾を含む憲法・新教育基本法制は、憲法改正により矛盾を解消するのか、憲法的価値による統合的解釈か、むしろ教育基本法再改正による矛盾克服かが問われている」とまで言い切っています。「小六法」という制約のもと、新教育法制の体系が平和と国民主権、基本的人権を確立し、教育行政・内容への権力的・行政的干渉や介入を排除した憲法原則にそぐわないものであることへの鋭い指摘です。
 今、一見「適法」と見える知事や首長の教育・文化行政への介入・干渉に対し、憲法の原理・原則、教育の原理・条理をかかげて現場からの反撃とあわせて、世論を高め、つぶさにチェックすることが強く求められています。
 教育行政の独立性は根本原則

 委員会と首長の関係で最も厳密な検討を要するのは「教育委員会」と「首長」の関係です。
 地方自治法は教育委員会の職務権限について「別に法律の定めるところにより、学校その他の教育機関を管理し、学校の組織編成、教育課程、教科書その他の教材の取扱及び教育職員の身分取扱に関する事務を行い、並びに社会教育その他の教育、学術及び文化に関する事務を管理し及びこれを執行する(第180条の8)」としています。
 「別に定める法律」とは「地方教育行政の組織及び運営に関する法律(地教法)」です。この法律のよって立つところについて、「改悪教育基本法」の具体化である「教育関連3法案」審議の席で吉井英勝衆議院議員が追及しています(07年3月・内閣委員会)。吉井議員は「教育委員会制度というのは教育行政の独立性、政治的中立性、継続性、安定性の確保、教育行政における住民自治というところからやってきたんじゃないですか」と確認を求め、政府参考人は「委員ご指摘のとおり」と答弁しました。つまり、戦後、憲法のもとで確立された教育の独立性・中立性の原則は、だれも否定できない根本原則なのです。
 では、知事や市町村部局からの「教育への介入を防ぐ」規定はどこにあるのでしょうか。吉井議員がその「担保となる規定」の明示を求めたところ、渡辺文部大臣、林副大臣(いずれも当時)はこぞって「教育委員会の意見聴取(地教法第29条)」の項をあげました。「地方公共団体の長は、歳入歳出予算のうち教育に関する事務に係る部分その他特に教育に関する事務について定める議会の議決を経るべき事件の議案を作成する場合においては、教育委員会の意見をきかなければならない」というくだりです(ちなみに24条には「議会は…教育委員会の意見を聴かなければならない」とあり、29条の規定が「聴く」、「聞く」ではなく「きく」であることに注目!)。明確に意見を「尊重する」という規定ではありませんが、「きかなければならない」という以上、その意向を斟酌するのが当然です。
 「意見をきく」どころか「クソ教育委員会」とまでののしるような首長はその品性ばかりか、職務担当の適格性が疑われるというべきでしょう。
 基本は「独立して職務権限を行う」こと

 地方自治法は、知事や市町村長などの首長以外の「執行機関」の設置についても定めています。すべての都道府県・市町村に置くべき機関は教育委員会、選挙管理委員会、人事委員会(公平委員会)、監査委員であり、加えて都道府県には公安委員会、労働委員会、収用委員会、海区漁業調整委員会、内水面漁場管理委員会を、市町村には農業委員会、固定資産評価委員会を設置しなければなりません。
 これらの「委員会及び委員」は「別に法律の定めるところにより…(地方自治法第3節・関係各条)」とあるように他の法律にもとづいて、それぞれが「執行的機能を有し、独立して職務権限を行う執行機関」と位置づけられています。独立した執行機関ですから、当初は公選制が基本と考えられていました。
 しかし、教育委員の公選制廃止(56年)をはじめ、その建前は失われ、今も「公職選挙法(公選法)」の適用を受けているのは農業委員の選挙だけです。しかし、選挙管理委員は議会で選挙するものとされ、その他の委員も首長が選任を提案し、議会の同意を得る必要があるなど、選任手続きは厳密です(ちなみに後期高齢者医療制度広域連合などの「広域連合」は建前としては公選法の適用を受けています)。
 いずれもそれぞれの「機関」の「独立性」に配慮してのことですが、実態としてほとんどの場合、これらの委員会や委員の「独立性」が保たれ、発揮されているようには見受けられません。背景には首長権限の強化・専横と委員会・委員の首長言いなりの無気力な対応、適切な緊張関係の崩壊があります。そのテコとなっているのが首長への人事権・予算編成権の集中です。大阪府では橋下知事の就任にともなって、特に教育委員会・教育行政への介入・干渉のひずみが強く現れ始めました。知事が「学力テスト結果の公表・非公表」をめぐって「予算に差をつける」と恫喝したのはその典型だといわねばなりません。
 たしかに地方自治法は「予算の調整・執行、議案の提案、金銭の賦課徴収、決算認定」などを「委員会及び委員の権限に属しない(同法180条の6)」としてはいますが、この点については厳密な検討が必要です。
 刑法罰の対象ではあるが…

 適正な価格と公正な競争をめざす「競争入札」につきまとう不祥事は「談合」です。「談合」という言葉自体はもともとは「談じ合う」、「話し合う」、「相談」という意味ですから、悪い意味ではありません。しかし、これがこと「入札」や「請負」、「契約」にからんでくると事態は急変します。
 公共事業の入札などで問題となる「談合」とは一般に「入札業者同士で事前に話し合って落札させる業者を決め、その業者が落札できるよう入札内容を調整する」ことをさしています。公共事業の発注予定をつかんだ企業や業界が落札すべき者(企業)の順番を決めていた例や、落札をねらう企業が自社の入札予定額を提示し、それ以上の額でしか入札しないよう依頼する例などがそれです。巧妙なことに各社に一回目、二回目、三回目までの入札額を指示する「談合札」を配布し、三回目で落札していた例もあります。この談合を仕切る実力者(社)を「行司役」、「談合柱」などと呼ぶこともあります。
 このような不当な手段によって落札された「契約」は当然無効とされますが、その法的根拠として民法第90条の「公序良俗」の項があげられます。「公序」とは「公の秩序」、つまり社会の一般的秩序であり、「良俗」とは「善良の風俗」、つまり社会の一般的道徳観念です。これに反する「法律行為は無効」というわけです。最近よく使われる「モラルハザード」という概念に近いでしょうか。
 それだけではありません。「談合行為」は刑法上の犯罪として罰せられます。これは刑法第5章の「公務の執行を妨害する罪」(公務執行妨害罪)に相当します。同法の第96条の3に「競売等妨害」の項があり、「公正な価格を害し又は不正な利益を得る目的で談合した者」は「2年以下の懲役又は250万円以下の罰金に処する」という規定です。しかし、この処罰も談合の「現場」に居合わせた者だけが対象にされ、いわゆる「トカゲの尻尾切り」に終わることが多く、「悪い奴ほどよく眠る」というのが実態です。
 中央から地方に至るまで日本の建設・土木業界が、なかば習慣的に繰り返してきた「構造的な談合体質」からの脱却は今も急務の一つです。
  事前公表も痛し痒し

 地方自治法は 「競争入札」をする場合、「予定価格の制限の範囲内で最高又は最低の価格をもって申込みをした者を契約の相手方とする」と定めています。
 「予定価格」とは「あらかじめ作成する契約価格の一応の基準」です。工事等の発注、物品等の購入の場合はその上限、資産の売却や権利の譲渡等の場合ならその下限となる価格です。予定価格からはずれた金額では契約は成立しません。積算には実例価格や需給の状況、工事等の難易度、数量の多寡、期間の長短などが考慮されますが、その大半は条例や規則でなく「要綱」で定めるためグレーゾーンになりがちです。
 予定価格は入札に先だって「あらかじめ」決まっていますから、厳密な管理が必要です。従来は密封保管され、入札が終わってからその会場で開封し、契約の適否を判断するのが通例でした。また、その内容は少数の幹部職員しか知らず、入札事務に直接携わる職員にも知らせない、いわばトップシークレットだったのです。いきおい、入札に参加する業者や業界が落札を有利にするため、予定価格を探り出すことに躍起となり、接待や贈賄などが横行するにいたりました。
 こうした事態をさけ、より公正な入札を期待して「予定価格の事前公表」に取り組む自治体が増えたのは近年のことです。ところが、今度はその予定価格ぎりぎりの入札が相次ぎ、業者間の公正な競争にも、自治体の経費節減にも役立たない事態がおこり、行政関係者を当惑させています。その結果、予定価格の事前公表を見合わせる動きも強まっています。もともと、予定価格の設定は法的義務ですが、事前公表か事後発表かはそれぞれの「財務規則」などに委ねられており、自治体の任意です。大阪府や大阪市の財務規則でも事前公表する場合、しない場合の両方が規定されています。
 なお、「支出の原因となる契約」については「予定価格の範囲内」の申込者のうち「最低の価格をもって申込みをした者以外の者を契約の相手方とすることができる」との但し書きがあります。これは不良工事などを避ける「契約の適正な履行」及び異常な業者間競争を防ぐ「公正な取引の秩序維持」という観点に立つものです。
 一般競争入札が原則

 公共事業にともなう談合や贈賄・収賄事件の報道が絶えません。そこで今回は地方公共団体が行う「契約」についてどのような規定があるのか考えてみましょう。
 地方自治法第2編第9章「財務」の第6節に「契約」の項があります。本文は第234条「契約の締結」、同234条の2「契約の履行」、同条の3「長期継続契約」と、とても短く、シンプルです。しかし、文中には「政令に定めるところにより」などと「政令」に委ねている部分がとても多く、その「政令」をみても都道府県・市町村の「財務規則」等に譲る部分がかなりあります。したがって、個別の「契約」の実態、適否を点検・検証することは容易ではありませんが、「契約」にまつわる基本中の基本はしっかり押さえておきたいものです。
 地方自治法は「売買、貸借、請負、その他(保管、運送など)の契約」について「一般競争入札」が原則であることを明確にしています。
 法は「指名競争入札、随意契約、又はせり売り」も認めていますが、それは「政令で定める場合に限り」と限定しています。
 いずれの場合もそれぞれの団体にとって「最も有利な条件を提供する者との契約」が大前提です。当たり前のことですが、売るとき・貸すときは「一番高く」、買うとき・借りるときは「一番安く」ということです。
 「一般競争入札」とはそれぞれの団体が「公告」をして「不特定多数」つまり基本的には「誰でも」参加できる方法で入札させること、「指名競争入札」とはあらかじめ「入札者を指名」して「特定多数」つまり「限定された複数の者」によって入札させることであり、あわせて「競争入札」と言われます。市町村の入札・契約の実態を見ると「一般競争入札」が建前にされ、「指名競争入札」が大半をしめており、ここが「談合」や「利権あさり」の温床になっていると言えるでしょう。
 「随意契約」とは、「任意に相手方を選択して締約する契約方法」ですが、政令によって価格の上限をはじめ、厳密に要件が定められています。
 「せり売り」とは「入札の方法によらず口頭(挙動)で価格の競争をさせる」とあります。法律用語に「口頭(挙動)」などという言葉がでてくるなんて、面白いですね。
 債務の確認を厳密に

 今回は、地方公共団体の「支出」について考えてみましょう。地方団体はそれぞれの「事務を処理するための経費」と国が法律や政令によって「地方の負担とする経費」を支出(支弁)します。法律や政令によって地方に処理を義務づける事務については国が「その財源につき必要な措置」を講じなければなりません。
 「会計管理者」は首長の「支出命令」があった場合でも「支出の原因となるべき契約その他の行為(支出負担行為)」が法令と予算に反していないことを確認し、さらに「当該支出負担行為に係る債務が確定していることを確認したうえでなければ、支出をすることができない」(地方自治法第232条の4)とされています。
 「債務の確定」とは、誰が、いつ、どんな事務・事業をおこない、どのように執行されるのか、具体的に把握できるものでなければなりません。改悪以前の地方自治法ではこの「債務の確定を確認」するという重責を担うのは出納長(都道府県)、収入役(市町村)という助役や教育長にならぶ「特別職」でした。しかし、歴代の出納長や収入役がその役割を果たしていたとは言いきれません。
 大阪で長年繰り返されてきた「同和事業」の乱脈ぶりはこの「債務の確認」を放棄する眼に余るものでした。筆者の経験で言うと、例えば「同和地区助成金」です。「解同支部」からの申請書には「部落解放に役立つ一切のこと」としか書かれていませんでした。事務とも事業とも言えない、こんな粗雑な「申請」が請求すべき「債権」とも、市が支弁すべき「債務」とも言えるはずがありません。現にこの「助成金」は「解同支部」の名による「寄付」や「香典」にまで使われていました。
 その上、今では助役は副市町村長に変わり、教育長の責務・権限も形骸化、出納長・収入役という役職はなくなりました。「金庫番」であるべき出納長や収入役のポストが首長の論功行賞で配分され続けてきた結果、その有用性が疑われ、廃止にいたったのです。
 「会計管理者」という「一般職」の職員が首長の支出命令をも厳密にチェックし、公正・厳正に執行できるのかどうか、改悪された地方自治法のもとで有権者・住民の監視と激励の意味と役割は大きくなっています。
 なべ底は氷漬け、上からぬるま湯

 総務省は(筆者がこの原稿を書いている)1月20日、09年度「地方公共団体の予算編成に係る財政課長内かん」を発表しました。これは昨年12月18日の「地方財政対策のポイント」、同24日の「地方財政収支見通しの概要」を受け、「国の予算に関連して、地方財政計画の策定を急いでいるものの、細部にわたり確定していないが、地方公共団体の予算編成作業の状況にかんがみ、さしあたりの財政見通し、予算編成上留意すべき事柄をお知らせする」というものです。少し検討してみましょう。
 地方財政対策の「ポイント」や「収支の見通し」によると、09年度の地方財政計画の規模は82兆5600億円、前年度比8414億円(約1%)の減。なかでも、深刻な景気悪化を反映して地方税収入の減額を4兆2843億円(10・6%)も見込まざるを得なくなっていることは重大です。
 そのもとで国が目玉としたいのは「生活防衛のため地方交付税を1兆円増額した」ということのようです。内容は、間伐や学校耐震化、その他の「地域雇用創出推進費」5000億円と地域の元気回復・医療・少子化対策の充実・金融市場の混乱を踏まえた公債費償還期限の見直しなど「歳入歳出の見直しを通じた財源」の5000億円です。これらが地域に密着した事業として有効に活用される必要があることはいうまでもありません。
 しかし、国が実際に交付する「地方交付税」は15兆8200億円(前年度比4100億円・2・7%増)にすぎず、臨時財政対策債5兆1500億円(同2兆3200億円・81・7%増)を地方に起こさせ、これを含めて「実質的な交付税総額は20兆9700億(同2兆7300億円・15・0%増)」と称していることには説得力がありません。
 政府は目下の緊急事態を受けて「地方に1兆円積み増した」とはいうものの、小泉内閣以来、地方に押しつてきた「財政再建プログラム」や「財政健全化法」にもとづく「健全化計画」・「再生プラン」など、深刻な住民サービス切り捨て、生活悪化の「計画」の推進を求めています。これでは「なべ底を氷に漬けたまま、上からぬるま湯を注ぐ」というそしりを免れることはとてもできないことでしょう。