カテゴリ:喜怒哀楽をともに…( 470 )

 富田林の「年金者組合」の機関紙「しゅら」に「ふるさと自慢」という欄があります。
 考えてみるとボクには「ふるさと」らしい「ふるさと」がないので、寄稿ははあきらめていました。でも、何となくこういう人もいるのだと解ってもらうのも良いかも…と思えました。たまには風変わりな記事があっても良いような気もします。
 というわけで、こんな草稿を考えてみました。掲載可能かどうかは編集者まかせですが、とりあえず送信した案文をアップしてみます。
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 ボクは信仰心は持っていませんが、この画像には一定の真実が込められていると感じたのでアップを決意しました!
 
 白紙のように見えますが、上記をクリックいただけば動画が見られます!

 総選挙投票日の22日、朝起きると左足の踵が痛む。が、予定通り早朝から投票に行った。少し痛いなぁという程度だったからボツボツ歩けば何とかなった。
 翌、23日は朝から歩くのが不便なほど痛い!が、午後になると治まった。その内、治るのだろうと気楽に考えていた。開票結果に気をとられていたせいもあるだろう。
 「希望」と「民進」、小池女史と前原氏の取り引き、「立憲民主」、枝野氏の立党、共産党の思い切った出馬取り下げなどが絡みつつ、自公が過半数確保、維新に翳りなどの結果となっている。市民と野党の共同は評価したいが、共産党の減退は正直なところ寂しい。近畿では穀田、宮本両氏の議席確保にとどまり、清水、堀内氏は落選、結ちゃんも通れなかった。新たな決意と取り組みが求められているのだろう。
 24日も、25日も終日痛む。25日は水曜日で診察券を見ると午後からは休診だ。仕方なく明日まで我慢するか!
 26日、朝から支度をしてM医院に向かう。ぶっきら坊に見る向きもあるが、ボクは気に入っている先生だ。「原因は分からないんですが、左足の踵が痛むんです」と言うと、「原因がわかっているなら検査・診断はいらん。医者もいらん」とおっしゃる。で、たちまち一枚の資料を出して見せてくれる。
 「足底腱膜炎(そくていけんまくえん)」とある。目を通すとおおよそのことが分かった。ボクの場合は「老化」で腱膜が痛み始めているのだろう。軽い養生の仕方を教えてくれ、踵をテーピングしてもらった。肌色のテープで糊は付いていないのに包帯同士が密着する。何度も使えるそうだ。不思議というか、面白いテープだ。風呂に入るときは解き、上れば再度巻き直す。入浴も効果があるらしい。
 27日も、28日もとても痛んだ。11月5日には校区の避難訓練があるのだが、とても避難場所の小学校までみんなと一緒に歩くのはムリだろう。隣組の組長さんや町会役員らにその旨を伝えに歩く。左足の踵は地面につけずに、つま先だけでボチボチ歩く。
 29日は台風が近づいて、雨なのだがどううしても南森町である会合に行かねばならない。用心しながら、時間をかけて、ビッコを曳きながら行ってきた。会場に着くと、かねて知り合いの方が近況を聞いてくれる。「体調はいかがですか?」。普段は「杖を突いて、どうなさったんですか?」ということが多い。かねては「杖と言わないでください。ステッキとおっしゃってください」などと答えて笑いを誘っているのだが、今日はそうもいかない。
 「差別語と叱られるかも知れませんがビッコというか、チンバというか、足底腱膜炎とかで左片足を引きずって来ました」と答える。帰路も時間をかけて、途中で強く巻きすぎたのか足首が痛くなって、駅のベンチでテープを巻きなおしたりしながら…。
 今日、果たしてビッコやチンバは正確にはどう言えばいいのか、気になって手持ちの辞書で調べてみた。
 「びっこ」は漢字では「跛」と書くらしい。広辞苑や大辞泉では概ね「片足の故障で歩行の釣り合いが取れないこと」とあり、特段「差別語」との指摘はない。「ちんば」も漢字は「跛」だ。意味にも大差はなく、「差別語」との指摘もない。
 ただ、明鏡国語辞典・第2版にだけ、どちらも「足の不自由な人をいう差別的な語」と説明されており、「びっこ」については「足の障害を比喩として使った、差別的な語」という注釈もある。
 ボクは「差別」という言葉にはこだわりがあるので調べてみたのだが、人を称して「びっこ」「ちんば」と呼ぶのはやはり差別的だろうと思う。が、「びっこを曳く」「ちんばを曳く」という形容のすべてを「差別」と規定すると、状況の説明ができにくくなるとも思う。厳密に言えば「左足踵の痛みによる歩行困難」とでも言えばいいのだろうが、世間話にそんな堅苦しい会話はないだろう。
 こんなことを考えている今日は、足の痛みも少し軽い。快方に向かいつつあるのだろうか?

 台風情報があったので、期日前投票も考えたけれど、「やはり投票日に投票しよう」と考えて、朝から雨の中を投票に行ってきた。投票管理に市の職員である甥っ子が居たのには驚いた。一応、管理職の末端につながっているからだろう。
 この近辺でも期日前投票をした人がかなりあったのか、投票所は閑散としていた。
 地元は秋祭りの最中で雨風の中をだんじりを曳く太鼓や鉦の音、掛け声や唄が聞こえてくる。土砂降りの雨の中を曳航するのは大変だろう。若者たちの破れかぶれの元気さが気にかかる。台風での避難指示のメールやケータイが続く中だからなおさらだ。
 棄権防止の電話に「もう行った」という人もぽつぽつあるが、「よう行かん」という人も少なくない。「クルマを出す」と言っても遠慮する人が大半。歴史的で大事な選挙なのだが、世相の風も、自然現象の風向きも、読み切れない。観念するほかないのか?今夜は町会の会議もある。とても落ち着かない気分だ。
 そんな中、沖縄タイムスの記事が目に入った。
 *感動的だ!投票日に出会えた喜び!*と書いて、ツイッターやFBにアップしておいた。ここにもアップして記録しておく。
 




杉江義浩という人がいる。ジャーナリスト、プロデューサーでNHKの人らしい。
この人がブログで興味深いことを書いておられる。
FBやツイッターへのシェアは可能なようなので、ここへの転載も許されるのだろう。
ご一読いただければ幸いだと考えたので、アップする!

 7日8日と神戸・しあわせの村で開かれていた会議が終わり、帰宅してホッとしていた。
 夕食を終え、唯一の畳の部屋でごろ寝をしていると右足、親指の先がチクリと痛んだ。
 何だろうと思って起き上がると、細くてさほど長くもない蛇がいる。灰褐色めいた模様があるので青大将ではない。が、何かよくわからない。にょろにょろと這っている。
 火挟で捕まえようと、玄関先まで出て探すが見つからない。ことは急ぐ。家に入って適当なものは無いかと探す。薬箱からピンセットを見つけた。これで掴もう!ピンセットを持って蛇を追う。板の間まで移動している。ことは急ぐ。
 よく見ると小さな蝮(まむし)のようだ。ピンセットで首根っこを摘む。が、少しそれて首から1センチほどのところを摘んでしまった。2階で寝ている妻を呼ぶ。「えらいこっちゃ、蛇がおった」。途端に右手、中指の爪の根元に痛みが走った。これはダメだ。もう一度摘みなおす。今度はちゃんと首根っこを摘めた。摘んだまま、玄関先に走り出て、自宅前の用水に放り投げる。これで一件落着かと思えた。
 が、そうはいかなかった。咬まれた右手・中指の先、2カ所から血がどくどくと溢れ出している。水道水で洗うが治らない。
 「どうしようか?」
 「市役所に電話して、対処方を尋ねてくれ」
 問い合わせると、「救急車をまわします」とのことらしい。
 救急車が来るまで数分。初めて患者(クランケ)として救急車に乗る。車中ではしばしどの病院へ行くかと応答がある。ホンの少しの間に、右手全体が腫れ始めている。初めは城山病院とのことだったが、すぐに富田林病院に切り替わる。車窓を眺めるが、どこをどう走っているのかよく分からない。
 富田林病院に着くと当直医が傷口を見て「間違いなく蝮ですねぇ。今夜は二人目ですヨ」と応急処置をしてくれる。「入院してもらいましょう。手続きを…」とてきぱき。傷口を洗浄し、まず破傷風防止と痛み止め2種類の点滴。終了後病室へ移動。ここでも点滴。
 翌日は土曜日だったが担当医の診断があり、血清注射(点滴)。その後、定期的に体温、血圧の測定、包帯の交換などで数日を過ごす。特筆に値するのは昼、夜の食事。温かいものは温かく、冷たいものは冷たくという給食の原則を守った、家庭的なイメージのあるうまい食事だ。ほぼ完食できたのは少食のボクには珍しい。
 そんなこんなの顛末で、今はこれといった治療もなく、自宅で腫れの引くのを待つしか無い。もう10日を過ぎたのに痛み、腕の浮腫み、痒みは去りやらずうっとおしい気分で過ごしている。この間、諸般の行事はことごとく欠席させてもらったが、来週にはバス旅行や東京での会議、四国での会議などなど、どうしても参加、出席すべき日程があり、早く完治してほしいと願うのみだ。

 なお、後日譚として記しておきたいことがある。
 一つは、ピンセットで捕まえようとしたのは、いかにも不用意であったこと。始めに火挟を思いついたのでピンセットになったしまったが、側には金槌もあった。これで頭部に一撃を加えていればこんな羽目には陥らなかっただろう(もっとも、始めに「殺す」という意識が全く無かったけれど)。
 もう一つは、どうして居間(畳の部屋)に蝮などがいたのか、ということ。これは今も謎で、網戸の隙間などを点検してみると入れそうなところはあるにはあるが、これからも気をつけなければいけないのだろう。今年はなぜか猫の額のような庭に異常を感じるほど、小さなカエルがたくさんいたことも気にかかる。薄気味悪い話ではある。

 * 蝮咬む 拷問よりは 軽いだろ *

 昨日、会議の報告の一項に次のような報告を入れていた。
「東京都墨田区で9月1日に行われる関東大震災の朝鮮人犠牲者追悼式典に、小池百合子都知事が、毎年送ってきた追悼文を送らないと主催者側に伝えていた。都知事から毎年追悼のメッセージが送られ、近年は石原慎太郎、猪瀬直樹、舛添要一の各知事が送付。小池知事も昨年は送っていた」
 会議を終えて帰宅してみると妻君がテレビを見ていた。途中からだったがボクも見た。
 報告した内容についての「報道特集」だった。よくできた内容だと思った。企画した人、報道した局(MBS)を評価しなければなるまい。
 途中からしか見られなかったのが残念だった。今日、フェイスブックを開くと動画をアップしてくれている人がいた。早速シェアしたが、フェイスブックをしていない人にも見て欲しい。そこで、ここにアップすることにした。
 ぜひ、ご覧あれ!(広告の後、本番が始まります)



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 富田林市の東公民館に併設されている市民プールが、この9月1日をもって取り壊し工事が始まることになりました。
 そこで、市が募ってプールへの落書き大会をやったそうです。大人や子ども100人くらいが集まったそうです。その絵がまだ残っているということなので見に行ってきました。
 落書きを地で行くものが大半でしたが、中にはクジラや自転車の絵など、本格的な絵もありました。
このプールは当初、第3中学校校区にプールのある学校が全くないということから、「3中プール」と名付けられ、校区の中学校、小学校が共用していました。その後、各校にプールが建設されるにおよび市民プールに衣替え、市民、特に子ども達の夏休みに活用されてきました。ところが5年前、老朽化を口実に突然閉鎖、その後、まともな管理もされず放置されてきました。
 近年、激しい市民の抗議の中で一箇所だけ市民プールが開設されましたが、市営プールが一箇所だけ、という日々が続いています。
b0142158_11584369.jpeg 入り口にまわって掲示を見ると、平成24年度の「市民プールの廃止について」と
いう張り紙が残っていました。
 もう5年もたつというのに、寒々しい限りです。この5年間、まともな管理がされていなかったという「証明書」のようなものではありませんか!
 小中学校のプール開放も一年限りにすぎず、その後一般開放はされていません。

 ボクは一期目の議員になるとき、「学校にプールを」と訴え、小学生達から「プ
ールのおっちゃん!」と期待されたものです。でも、その子たちが小学校を卒業し
てからでないと、小学校にプールができなかったことを苦々しく思い出します。

 教育委員会、特に事務局に、子どもたちがどんな風に夏休みを過ごすべきかという観点がさっぱりなく、老朽化や少子化を口実にきちんとした対処ができていないことを痛感する写真の一枚となったのではないでしょうか。

 今どこに
 プールサイドの
 ガキ大将

 

 
 

 
 

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こんな記事があって驚いた!
僕らも学習会のテキストに使っているのだが、政治家が続々抗議してくるという…!
ちょっと変だし、やりすぎではないのか!

産経の記事も読んでいたし、灘中で採用されていることも知っていましたが、こんなことがあったことは推察できても、事実はよくわかりませんでした。
これを読んでよくわかりました。で、今はどうなさっているのかと気がかりです。
なお、引用記事ばかりで現物はどこにあるのかと探してみて、見つかりましたので、念のためにアップしておきます。
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関係した議員のことがわかったので、追加しておきます!