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「暫定予算」の手法には一理も無いと思います
地方行財政運営の根本ルールをぶちこわすのですか?


☆この文章は08年02月26日に脱稿したものですが、記録に残しておくのも意味なしとは言えまいとの観もある昨今なので、あえてここに掲載することにしました。

 橋下知事が編成した08年度「暫定予算」について、広範な府民からも市町村長や財政担当者からも困惑と批判、怒りの声が広がっています。
 本稿はその手法の異常さ、横暴さを厳しく指摘するためのものです。ことはこれまでの府政のもとで行われてきた、あれこれの施策や事業の善し悪しを問うものではなく、地方自治体のあり方そのものに関わる重大問題だからです。それは、地方行財政に携わる者なら誰でも等しくわきまえておくべき地方行財政運営のイロハに属するものだと言って決して過言ではありません。
 
暫定予算のイロハ

 暫定予算とはそもそもどういうものでしょうか。広辞苑には「会計年度開始までに本予算が成立しない場合、その成立までの空白期間をつなぐため一時的に実行される予算。本予算が成立すると、それに吸収される」とあります。これは国政の場合のことであり、財政法にもとづくものですが、基本的には地方自治体でも同じことです。
 具体的に見てみましょう。地方自治法第218条2項に「普通地方公共団体の長は、必要に応じて、一会計年度のうちの一定期間に係る暫定予算を調製し、これを議会に提出することができる」とあります。
 この「必要に応じて」とはどういう場合でしょうか。地方自治法施行令第2条は「普通地方公共団体の設置があった場合に、… 予算が議会の議決を経て成立するまでの間、必要な収支につき暫定予算を調製し、これを執行する」とあります。それ以外のケースは想定されていません。
 行財政運営に携わる人なら誰でも知っている「逐条地方自治法(第4次改訂版・松本英昭著・学陽書房)」には「必要に応じて」とは「歳入歳出予算が年度開始までに成立する見込みのない場合」、「新たに地方公共団体が設置された場合」、「その他特別な必要がある場合」という三つの事例をあげ、その趣旨は「いわゆる本予算成立までの間の行政の中断を防ぐためのもの…」としています。つまり、暫定予算が調製される場合の本旨は「行政の中断を防ぐ」、つまり「行政の継続性を保障する」ところにあるのです。
 三重県松阪市のホームページでは、「暫定予算が必要となる一般的な理由」として、「議会の解散、予算審議の延長等によって年度開始前に予算議決をえることができないとき」、「災害の発生等による議会招集の遅れ等によって予算の議決に至らないとき」、「予算が否決され、再度案等に時間を要し、年度開始に間に合わないとき」、「廃置分合があり、一定期間に限った予算とせざるを得ないとき」などをあげています。
 このように法令は「暫定予算」の調製と運用について、極めて限定的な「特別の場合」であることを規定しており、その内容はほぼ執行機関と議決機関の関係に齟齬(そご)をきたしている時に限られています。今回のような首長の都合、主観、政策的見地に左右される「暫定予算」などというものは全く想定・前提していないのです。
 さて、橋下知事はその極めて限定的な「特別の場合」という根拠をどこに求めるのでしょうか。単に新知事の就任をもって「特別な場合」とは言えません。新知事の就任は、前知事の任期満了による通常の選挙にもとづくものであり、「通常の、平穏な交代」なのです。橋下知事は自らの発した「財政非常事態宣言」をもって「特別な場合」と主張しようとしているのかも知れませんが、この「宣言」は議会を始め、どの公式な機関の検討を経たものではなく、行政上確定したものではありません。もしこの「宣言」をもって口実とするなら、自作自演の強引なこじつけ・言い逃れのそしりを免れることはできません。「非常事態」の原因と責任の所在、抜本的な対策にはていねいな吟味が必要です。
 
予算調製のイロハから「暫定予算」をみると…

 以上のように今回の「暫定予算」は調製そのものに大きな問題があるのですが、予算編成の基本からも大きく逸脱したものになっています。
 自治体首長には「普通地方公共団体の長は、毎会計年度予算を調製し、年度開始前に、議会の議決を経なければならない。…(地方自治法第211条・予算の調製及び議決)」とあるように予算を組み、議会に提出し、議決を受けることが義務づけられています。その原則は「一会計年度における一切の収入及び支出は、すべてこれを歳入歳出予算に編入しなければならない…(同法210条・総計予算主義の原則)」」ということです。会計年度とは毎年の4月1日から翌年3月31日までと定められており、その間の「一切の収入、支出」を「予算に編入」することは原則中の原則です。
 ところが今回の「暫定予算」では、その「一切の収入・支出」が7月までの「期間限定」となっているのですから、行財政の運営上信じられないような奇想天外なことが起こりうるのです。それは本来「通年的」に企画・立案・執行されてきた事務・事業・施策の一切の財政的裏付けを奪い、8月からはすべての事業を新たに立ち上げ、執行しなければならないという体裁をとるからです。これは明らかに法(政・省令を含む)や条例(規則・要綱を含む)にもとづく行財政の執行に多大の困難と障害をもたらすものにほかなりません。
 例えば、歳入では国(法)によって年度を単位として、大阪府に交付されるべき地方交付税や国庫支出金(負担金、交付金、補助金等)の歳入の受け入れ一切が期間限定となり、法の保障する通年的な歳入さえ、府の予算上は確定的ではなくなるのです。府内では条例で定められた府税収入でさえ期間限定となり、論理的にはその間、大阪府は府民からの府税一切を「通年」の額では徴収・督促できないことになります。
 歳出の一切も同じことです。通年で運営されている一切の施設も、働く職員の人件費も、府が責任を負って運営している施策・事業のすべて、まさに一切合切の支出が期間限定となるのです。社会通念上の一切の年間契約の期間も7月までに限定され、8月からは新たに契約を結び直さなければなりません。橋下知事が「図書館以外はいらない」と言っている公の施設はすべて、条例等の「法体系」にそって運営されているものであり、その改定に先行して「暫定予算」で縛り上げるなどというのはまさに恫喝的・暴力的な措置だと断じざるを得ません。
 法や条例によって措置され、支出されてきた市町村への支出金も期間限定となるのですから、論理的には市町村は「通年」の収入に府による担保のない年間予算を計上することになってしまいます。橋下知事は市町村にも「右へならえ」とばかりに「暫定予算を調製せよ」とでもいうのでしょうか。
 重大なことは、年間予算を調製するのは「普通地方公共団体の長」の義務であり、知事ばかりか市町村長にもその義務が課されていることです。府と市町村は上下関係ではありません。対等平等なのです。橋下知事は「暫定予算」の強行によって市町村長の職務遂行を妨害し、市町村の行財政にも介入することになってしまうのです。府内の市町村長がこぞって、このような予算の編成に批判と怒りの声をあげるのは当然すぎるほど当然のことなのです。
 知事は「市町村、関係団体や府民にもご迷惑をおかけすることになる」と殊勝にも「ご協力とご理解をお願いする」というのですが、府と市町村の関係におけるこれほどの信義則違反に、すすんで理解や協力をしめす市町村長がいるはずはありません。ことは「ご迷惑」や「ご理解、ご協力」の域をこえた、地方行財政におけるルール破りというべきものであり、地方行政に関わるものであれば到底容認できるはずがないものだからです。

なぜ「骨格予算」を調製しなかったのか — そこには重大な疑念が…

 とはいえ、知事選挙が1月末に執行され、2月末には定例議会が予定されるような場合、本格予算の調製には期間が短いため、無理が生ずることはあり得ることです。その場合には、行政の中断を避け、行政の継続性を保障するものとして「骨格予算」を編成することが一般に認められており、それが極めて常識的な措置だとされています。
 「骨格予算」には法令上の規定や概念はありませんが、一般的に「首長や議会の改選を前後している場合に、行政活動をすべてにわたって予算計上することが困難、あるいは適当でないと判断される場合、新規の施策等を見送り、また、政策的経費を極力抑え、義務的経費(人件費や扶助費、公債費など)を中心に編成された通年予算」とされています。
 つまり、前任者が後任者のために公約の実行など政策的な独自性を加味・味付けできる余地を残すようにしつつ、施策・事業の継続性の保障と後任者による新規性の保障とを両立させるため、骨格だけを明示した「通年的な」予算です。
 どんな自治体でも、事務方がそのような準備をしていなかったとは考えにくいことです。とすれば、前任知事は果たして自分の任期中に新年度の予算の骨格を全く準備していなかったのかという疑念が浮かびます。もしそうならば、これは前任知事の怠慢にも通じることになるでしょう。新知事がこの予算の骨格を引き継ぐことをことごとく拒否して、「暫定予算」に持ち込んだのであれば、新知事は傲慢・不遜のそしりを免れることはできません。つまり、今回の「暫定予算」をめぐって、はからずも前・新知事の責任と資格が問われる事態が浮上しているということにならざるを得ないのです。
 注目されるのは、2月6日、橋本知事が就任の日に行った記者会見で「7月末までの暫定予算を提案」することを表明し、「基本的には、私の就任前における一定の『指示』に基づいて、府庁職員に無理な予算組をお願いした結果、このような方針となりました」と述べたことです。一体、当選が確定していたとは言え、前任者がまだ在任中、自分はまだ未就任の時期に府庁職員に「指示」などできるとでもいうのでしょうか。橋下知事もそのことはわきまえていたらしく、この会見の別のところでは「私の就任前、何も権限がない段階での協議」とも言っているのです。にもかかわらず、公式に「指示した」と発言したのですから、単なる「すりあわせの延長線上」と見なすわけにはいきません。明らかに越権行為であり、脱法行為というべき代物です。
 以上述べてきたことは、行政運営に当たる者の間では、極めて常識的で初歩的なことばかりです。
 いつの場合でも、予算の調製に当たっては府民の願いや要望にもとづいて、従来の施策や事業についてよく精査・吟味することは当然ですが、橋下知事が調製した「暫定予算」で問われているのは、施策上のあれこれではなく、法や条例にもとづく行財政運営の根本問題です。もし、地方自治体が首長の独断や専横によって振り回されるならば、将来にわたって禍根を残すことになってしまいます。今回の事態は、その背景に府や市町村との関係・ルールを根本的にぶちこわし、変質させようとする力が働いていることを疑わせるに充分な深刻さであるというべきでしょう。 〆
 対峙せむ花散らす者護る者

 花はいのち。花は九条・平和。花は自由と民主主義。その花を再び散らすまい。若者に「散華」をそそのかした者たちの末裔が跋扈する。その動きは急で不安も感じるけれど、逆流・反動を許さぬ力も確か…。その対峙の厳しい歴史的な瞬間だと痛感する。(07.03.31作)
今日は09年3月30日月曜日(最終回が掲載されたのは29日号です)。
出勤すると、Nさんという方から嬉しいメールが届いていました。
まさか、こんな追記を書かせていただけるとは、思ってもみませんでした。
ちょっと、手前ミソかとは思うのですが、紹介させていただきます。

☆ こんにちわ
 地方政治の基礎知識 のコラムが最終回となりました。
 連載中、行政書士試験勉強にとても参考になりました。
 切り抜いてテキストに貼ったり、ちょっとした疑問について
 目から鱗がおちることもございました。
 (おかげで合格点に達しました)
 本来の法の民主的精神がないがしろにされていると気づくことも多々ありました。
 連載をご担当された方にお礼申しあげます。

 過分の言葉ではありませんか!Nさん、ありがとうございます。
 合格点はもちろんNさんの精進のたまものでしょうが、「目から鱗」、「本来の法の民主的精神…」のくだりは、筆者として心がけてきたものだけに「真意をくみとっていただけたか!」と喜んでいます。
 Nさん!ありがとう!機会があれば、またご一緒に勉強したいと思います。  敬白 m(__)m
 定額給付金・投票人名簿

◇ 定額給付金の支給が始まりました…支給のトップは河南町。多くのところで支給のお知らせや申請手続きの案内が始まりましたが、かなり先になるところもあります。この申請には本人確認のための身分証明書(免許証や健康保険証など)と、振り込みの場合は希望する金融機関の通帳のコピーが必要とされており、様々な批判と議論がありました。このコピーについては全国では役場や公民館などで無料としているところもあり、長崎県佐世保市では三月議会で「添付を省く方針」を表明し、総務省も「きちんと本人確認できればかまわない」としていました。府内のある市ではホームページで「総務省からの通知により、原則必要とされていたコピーについて『省略することも差し支えない』との連絡があったための変更」として「困難な場合はコピーの添付は不要」としています。何かと話題の多い定額給付金ですが、みなさんの町ではどうなっているか、確認してみましょう。
◇ 国民投票の準備、投票人名簿システム構築交付金…各自治体の三月議会で「投票人名簿システム構築交付金・委託料」が予算化されています。これは来年5月の憲法改悪を意図した「国民投票法の全面施行」に備えるもので、「20歳以上・3ヵ月以上在住」を要件としている現在の「選挙人名簿」では間にあわず、「18歳以上・国民投票の期日現在」の「投票人名簿」をつくるための「システム構築」費用です。国の交付金総額は46・2億円、各自治体に分ければ僅かな額ですが軽視できません。憲法改悪阻止各界連絡会議(憲法会議)は2月25日総務省に「国民が改憲を求めていない時、予算計上や投票準備は直ちに中止を」と申し入れており、日本共産党の中原あきら岬町会議員は彼女のブログで「まさか自分の町の予算に、こんなけしからんモンがこっそり潜んでいようとは思ってもみませんでした。戦争への足音を聞く思いがしました」と糾明しています。9条を守り、憲法を守る政党の心意気ここにありというところでしょう。
  ◇    ◇    ◇
 さて、このシリーズも一年、書き足らぬことも多々残りましたが最終回です。ご愛読、時に戴いた激励に感謝して筆をおきます。敬白
 憲法からの逸脱は明らか

 久しぶりに出会った府庁OBの方が学力テスト結果の公開や高校再編、国際児童文学館の廃止、センチュリー交響楽団への補助金カットなどについて、「どうしてこんなことができるのか。橋下知事のやり方はひどい」と憤りの言葉をかけてきました。本当にひどい教育・文化行政への干渉、介入ぶりですが、府政に限らず市町村でも首長部局からの干渉・介入が強まっています。一方、教育行政機関の側には「首長のいうことだから仕方がない」と唯々諾々と従う傾向、無力感も漂っています。
 首長の強腰、教育機関の弱腰の背景に従来「教育憲法」と言われてきた教育基本法の改悪(06年)や、その具体化である学校教育法、教員免許法及び教育公務員特例法、地方行政の組織及び運営に関する法律(地教行法)、いわゆる「教育3法」の立て続けの改悪があるようです。この一連の動きをどう見るか。学陽書房刊の09年度版「教育小六法」の冒頭に掲載されている「教育法制のあらまし」の中に興味深い記述があります。
 たとえば、特筆すべきこととして「自民党と公明党の密室協議を経て、国会に上程された教育基本法案が06年12月15日の参議院本会議で可決、成立し」、「同じ日に防衛庁の『省』昇格と自衛隊の海外活動を自衛隊の『本来任務』とする法律も成立した」と述べ、「新教育基本法」は「改正内容において、憲法との一体性よりも、憲法的価値との緊張を強めざるを得ないねじれを生じている」と批判。「法制自体に大きく矛盾を含む憲法・新教育基本法制は、憲法改正により矛盾を解消するのか、憲法的価値による統合的解釈か、むしろ教育基本法再改正による矛盾克服かが問われている」とまで言い切っています。「小六法」という制約のもと、新教育法制の体系が平和と国民主権、基本的人権を確立し、教育行政・内容への権力的・行政的干渉や介入を排除した憲法原則にそぐわないものであることへの鋭い指摘です。
 今、一見「適法」と見える知事や首長の教育・文化行政への介入・干渉に対し、憲法の原理・原則、教育の原理・条理をかかげて現場からの反撃とあわせて、世論を高め、つぶさにチェックすることが強く求められています。
 教育行政の独立性は根本原則

 委員会と首長の関係で最も厳密な検討を要するのは「教育委員会」と「首長」の関係です。
 地方自治法は教育委員会の職務権限について「別に法律の定めるところにより、学校その他の教育機関を管理し、学校の組織編成、教育課程、教科書その他の教材の取扱及び教育職員の身分取扱に関する事務を行い、並びに社会教育その他の教育、学術及び文化に関する事務を管理し及びこれを執行する(第180条の8)」としています。
 「別に定める法律」とは「地方教育行政の組織及び運営に関する法律(地教法)」です。この法律のよって立つところについて、「改悪教育基本法」の具体化である「教育関連3法案」審議の席で吉井英勝衆議院議員が追及しています(07年3月・内閣委員会)。吉井議員は「教育委員会制度というのは教育行政の独立性、政治的中立性、継続性、安定性の確保、教育行政における住民自治というところからやってきたんじゃないですか」と確認を求め、政府参考人は「委員ご指摘のとおり」と答弁しました。つまり、戦後、憲法のもとで確立された教育の独立性・中立性の原則は、だれも否定できない根本原則なのです。
 では、知事や市町村部局からの「教育への介入を防ぐ」規定はどこにあるのでしょうか。吉井議員がその「担保となる規定」の明示を求めたところ、渡辺文部大臣、林副大臣(いずれも当時)はこぞって「教育委員会の意見聴取(地教法第29条)」の項をあげました。「地方公共団体の長は、歳入歳出予算のうち教育に関する事務に係る部分その他特に教育に関する事務について定める議会の議決を経るべき事件の議案を作成する場合においては、教育委員会の意見をきかなければならない」というくだりです(ちなみに24条には「議会は…教育委員会の意見を聴かなければならない」とあり、29条の規定が「聴く」、「聞く」ではなく「きく」であることに注目!)。明確に意見を「尊重する」という規定ではありませんが、「きかなければならない」という以上、その意向を斟酌するのが当然です。
 「意見をきく」どころか「クソ教育委員会」とまでののしるような首長はその品性ばかりか、職務担当の適格性が疑われるというべきでしょう。
 基本は「独立して職務権限を行う」こと

 地方自治法は、知事や市町村長などの首長以外の「執行機関」の設置についても定めています。すべての都道府県・市町村に置くべき機関は教育委員会、選挙管理委員会、人事委員会(公平委員会)、監査委員であり、加えて都道府県には公安委員会、労働委員会、収用委員会、海区漁業調整委員会、内水面漁場管理委員会を、市町村には農業委員会、固定資産評価委員会を設置しなければなりません。
 これらの「委員会及び委員」は「別に法律の定めるところにより…(地方自治法第3節・関係各条)」とあるように他の法律にもとづいて、それぞれが「執行的機能を有し、独立して職務権限を行う執行機関」と位置づけられています。独立した執行機関ですから、当初は公選制が基本と考えられていました。
 しかし、教育委員の公選制廃止(56年)をはじめ、その建前は失われ、今も「公職選挙法(公選法)」の適用を受けているのは農業委員の選挙だけです。しかし、選挙管理委員は議会で選挙するものとされ、その他の委員も首長が選任を提案し、議会の同意を得る必要があるなど、選任手続きは厳密です(ちなみに後期高齢者医療制度広域連合などの「広域連合」は建前としては公選法の適用を受けています)。
 いずれもそれぞれの「機関」の「独立性」に配慮してのことですが、実態としてほとんどの場合、これらの委員会や委員の「独立性」が保たれ、発揮されているようには見受けられません。背景には首長権限の強化・専横と委員会・委員の首長言いなりの無気力な対応、適切な緊張関係の崩壊があります。そのテコとなっているのが首長への人事権・予算編成権の集中です。大阪府では橋下知事の就任にともなって、特に教育委員会・教育行政への介入・干渉のひずみが強く現れ始めました。知事が「学力テスト結果の公表・非公表」をめぐって「予算に差をつける」と恫喝したのはその典型だといわねばなりません。
 たしかに地方自治法は「予算の調整・執行、議案の提案、金銭の賦課徴収、決算認定」などを「委員会及び委員の権限に属しない(同法180条の6)」としてはいますが、この点については厳密な検討が必要です。
標題の本を買った。作者の弁によると…

☆「まだ、生きている」の本が送られてきた。自分が書いた気がしない。突然、私の本が舞い込んで来たようだ。3年間、書いたブログの中から、編集者が勝手に選んで本にしてくれたんだから、自分が書いた実感がしない。とてもきれいで、見た目にはいい本に見える。帯には、裏も表も瀬戸内寂聴さんの推薦の言葉が書かれている。ありがたいことだ。
 自分で書いた本なのに、読んでみないと何を書いたかわからん。何もしないのに、本になるなんて、私の花道か?花道と言うのは、花だから、売れない本だと花道にはならないのか。なにが書かれているか、これから本を読んでみよう。来太郎の写真が4枚も出ている。私の写真は2枚なのに。来太郎に見せてやったが、うんでも、すんでもない。

「自然と猫と私」というブログを開かれているという。早速、開いてカキコした…

☆2009.3.26 11:01:41
ちゃ〜ちゃん : 大阪・富田林在の64歳。週3日嘱託で玉造に通っています。
 「赤旗」の広告を見て心待ちにしていた「まだ生きている」、事務所と帰路の車中、食後、一気に読みました。寂聴さんの帯の推薦文がぴったりきますネ!なんか「面白くて、ためになる!読めば勇気がわいてくる!」という某紙のキャッチコピーそのものみたいです。このブログをボクの「友人・知人」!というフォルダーにブックマークしました。年賀状で幾人かの先輩に「光輝好例者」と贈りましたが、田中さんもまがうことなくそのお一人だと実感しました。
 田中さんが富田林に来られたとき、演説のなかで「角栄の首根っこに齧りついてやりたい!」とおっしゃったので、「がんばってくださ〜い!」とヤジったら、すかさず「えぇ!がんばりますとも…!」と応えていただいき、会場がとても和んだことをくっきりと思い出しました。
 これから、時々お邪魔しますm(__)m 何しろ「友人・知人」ですからネ!       敬白

翌日、覗いてみると…

☆ 21:58:33
MICHIKO : 富田林のちゃーちゃん、そんなこと言ったかしら、このごろ、なんでもヒョイと忘れる。昔のことも忘れるよ。困ったねえ。富田林は1回行ったことある。その時かな、あの帰り、電車の中で、高熱が出て、やっと家まで帰った。でも、生きていたあ!だからよく覚えている。

ちゃんと返信のカキコがあった (^_^)

 ホントに友達ができたようで嬉しい…!
 この本をプレゼントにしようと思って、同じ店頭をのぞいたら売り切れていた (^_^;)
 刑法罰の対象ではあるが…

 適正な価格と公正な競争をめざす「競争入札」につきまとう不祥事は「談合」です。「談合」という言葉自体はもともとは「談じ合う」、「話し合う」、「相談」という意味ですから、悪い意味ではありません。しかし、これがこと「入札」や「請負」、「契約」にからんでくると事態は急変します。
 公共事業の入札などで問題となる「談合」とは一般に「入札業者同士で事前に話し合って落札させる業者を決め、その業者が落札できるよう入札内容を調整する」ことをさしています。公共事業の発注予定をつかんだ企業や業界が落札すべき者(企業)の順番を決めていた例や、落札をねらう企業が自社の入札予定額を提示し、それ以上の額でしか入札しないよう依頼する例などがそれです。巧妙なことに各社に一回目、二回目、三回目までの入札額を指示する「談合札」を配布し、三回目で落札していた例もあります。この談合を仕切る実力者(社)を「行司役」、「談合柱」などと呼ぶこともあります。
 このような不当な手段によって落札された「契約」は当然無効とされますが、その法的根拠として民法第90条の「公序良俗」の項があげられます。「公序」とは「公の秩序」、つまり社会の一般的秩序であり、「良俗」とは「善良の風俗」、つまり社会の一般的道徳観念です。これに反する「法律行為は無効」というわけです。最近よく使われる「モラルハザード」という概念に近いでしょうか。
 それだけではありません。「談合行為」は刑法上の犯罪として罰せられます。これは刑法第5章の「公務の執行を妨害する罪」(公務執行妨害罪)に相当します。同法の第96条の3に「競売等妨害」の項があり、「公正な価格を害し又は不正な利益を得る目的で談合した者」は「2年以下の懲役又は250万円以下の罰金に処する」という規定です。しかし、この処罰も談合の「現場」に居合わせた者だけが対象にされ、いわゆる「トカゲの尻尾切り」に終わることが多く、「悪い奴ほどよく眠る」というのが実態です。
 中央から地方に至るまで日本の建設・土木業界が、なかば習慣的に繰り返してきた「構造的な談合体質」からの脱却は今も急務の一つです。
  事前公表も痛し痒し

 地方自治法は 「競争入札」をする場合、「予定価格の制限の範囲内で最高又は最低の価格をもって申込みをした者を契約の相手方とする」と定めています。
 「予定価格」とは「あらかじめ作成する契約価格の一応の基準」です。工事等の発注、物品等の購入の場合はその上限、資産の売却や権利の譲渡等の場合ならその下限となる価格です。予定価格からはずれた金額では契約は成立しません。積算には実例価格や需給の状況、工事等の難易度、数量の多寡、期間の長短などが考慮されますが、その大半は条例や規則でなく「要綱」で定めるためグレーゾーンになりがちです。
 予定価格は入札に先だって「あらかじめ」決まっていますから、厳密な管理が必要です。従来は密封保管され、入札が終わってからその会場で開封し、契約の適否を判断するのが通例でした。また、その内容は少数の幹部職員しか知らず、入札事務に直接携わる職員にも知らせない、いわばトップシークレットだったのです。いきおい、入札に参加する業者や業界が落札を有利にするため、予定価格を探り出すことに躍起となり、接待や贈賄などが横行するにいたりました。
 こうした事態をさけ、より公正な入札を期待して「予定価格の事前公表」に取り組む自治体が増えたのは近年のことです。ところが、今度はその予定価格ぎりぎりの入札が相次ぎ、業者間の公正な競争にも、自治体の経費節減にも役立たない事態がおこり、行政関係者を当惑させています。その結果、予定価格の事前公表を見合わせる動きも強まっています。もともと、予定価格の設定は法的義務ですが、事前公表か事後発表かはそれぞれの「財務規則」などに委ねられており、自治体の任意です。大阪府や大阪市の財務規則でも事前公表する場合、しない場合の両方が規定されています。
 なお、「支出の原因となる契約」については「予定価格の範囲内」の申込者のうち「最低の価格をもって申込みをした者以外の者を契約の相手方とすることができる」との但し書きがあります。これは不良工事などを避ける「契約の適正な履行」及び異常な業者間競争を防ぐ「公正な取引の秩序維持」という観点に立つものです。