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今朝、新聞のコラムを読んでいると、こんな文章に出会いました。
すごいなぁ! まるで詩のようだ!と感心してしまいました!
ミクロネシアの憲法前文だそうです。早速、原文を探してみました。
かなりの省略、意訳もあるようですが、趣旨は充分伝わってきます。
2009年の大晦日! 
すがすがしい気分になったのでアップしてみました。
ボクは年賀状のいくつかに、Jump! 2010!と書きました。
それなりに力を入れて生きていきたいものです。
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桃ちゃん おげんきですか?
おじさんも、おばさんもげんきにくらしています。
とんだばやしにきてくれたときは、たのしかったね。コロッケ、えんとつパン、ぎょうざ、おにぎり…。桃ちゃんはだいかつやくでした。おなかがいっぱいになりました。おかげで、おじさんはおさけもうまかった。
きょうは、まつもとはるのさんという二十五さいのおねえさんがつくられたえほんをおくります。えも、おはなしも、はるのさんがかかれたのです。おじさんがおねがいして、「ももえちゃん」とサインをしてもらいました。かわいいイラストもかいてくれましたよ。
桃ちゃんせんようのえほんです。たのしくよんでくれるとうれしいなぁ。
さむくなりましたが、おげんきで…。あたたかくなったら、またきてください。おじさんとおばさん、ふたりでおまちしています。
 二〇〇九ねん 一二がつ 一三にち
☆ 高度医療のおかげで以前は自然に淘汰(とうた)された機能障害を持ったのを生き残らせている。 … 「生まれる事は喜びで、死は忌むべき事」というのは間違いだ。
☆ みなさんもいずれ死ぬ。植物を考えればわかる。葉っぱや花が散って土壌になる。私たちは葉っぱ、枝。… 社会は木を育てるようにしないといけない。木の枝が腐れば切り落とす。全体として活力のある状態にする。
☆ 社会をつくることは命の部分に踏み込まないとダメ。表現として厳しいが、刈り込む作業をしないと全体が死ぬ。壊死(えし)した足は切り取らないと。情緒で社会をつくることはできない。

 上記は、報道されている鹿児島県阿久根市の竹原信一市長のブログや講演の内容です。
 ブログの内容に触れた当初から、深い憤り、怒りを憶えましたが、講演の内容に到っては治まりません。抗議の意を込めてボクのブログにも記録しておこう!と、肚を決めました。
 一地方とはいえ、地方自治体の首長がこのような発言をし、議会をはじめ各方面からの抗議にも意を介さないとはもっての外ではないでしょうか。
 おぞましい第三帝国の「優生学思想」を思い起こす人も少なくありますまい。冷静にかつ厳しく批判の声をつきつけたいものです。
 今朝の新聞に「鹿児島にミニ田母神がいるらしい」との投句川柳あり。
 
 b0142158_22204634.jpg 「……いまから50年くらい前の家族のはなし」から始まる「絵本 おとうと」が届いて一週間になりました。文字通り、食前食後、何十回も読みました。このブログに眼を触れる機会のあるみなさん(ほんの僅かでしょうが…)には、ぜひ手にとってお読みいただきたいので「絵本」の内容そのものには深入りしないで、なおかつ、いささかの紹介をしておきたいと思います。
 春野さんは後書きで「日が暮れるまで外を駆け回る。大笑いしたり、怒ったり、うぉんうぉんと泣きわめいたりする。誰の子ども時代も、そんな子どもらしいものであってほしい。そして、そんな子どもたちを温かく受けとめ見守る大人が、ちゃんと生きていける社会であってほしい。…50年前の幼い姉弟の物語を通して、私たちの生きている社会にとって大切なものは何かを、見つめ直すことができたら…」とその作意を語っています。その思いが見事に結晶した、春野さんのデビューを飾るにふさわしい傑作がこの作品、「絵本 おとうと」だと言えるでしょう。
 直接には幼い姉弟の愛、最後には母子の愛に結ばれる一幅の絵物語は、確かに「可憐でユーモラス」(監修山田洋次氏・「映画 おとうと」監督」)なのですが、それにも増して25歳の女性がとらえる50年も前の庶民の生活。春野さんの技量の確かさに驚いてしまいます。
 新聞紙を丸めて「棒」にするおとうとやお父ちゃんの姿。鍋を被って防御する腕白なおとうと。ひっくりかえるちゃぶ台、行儀良く食器の並ぶちゃぶ台。「お歯ぐろ」などという言葉…。
 シャツやパンツ、スカート、エプロン、履き物…、そのどれにも抜かりがない。
 お姉ちゃんやおとうとにまっすぐに向き合う目線。大人のように斜め下に二人を見下ろす目線。鳥のようにお姉ちゃんとおとうとを描く視点。どの画面にも「静」と「動」が生きている描画。
 監修された山田洋次氏に負うところ大きいのかも知れないが、まごうことなき松本春野さんの作品なのです。絵と語り口、相まって、全く懐かしく、しかも、今に生きよう!と思える絵本です。絶賛して惜しむところがありません。
 どうです? 手にとって読みたくなっていただけたでしょうか?

* ボクは「勝手に応援団」なので、匿名でおつき合いしようと念じていたのですが、思わずサイン本をおねだりしてしまい、10冊を手に入れました。一冊はボクへの、もう一冊は桃江ちゃんへの宛書きつきで…。
* まだ、お若い作家だから、これから作風には一波乱二波乱あるのかも知れません。それはさざ波の変化かも…。とにかくデビュー作は大成功!と、お祝いしたい。
* 春野さんが、かの「いわさきちひろのお孫さん」ということに、ボクのブログでは触れまい!と思っていました。が、最早「天下に公表」されてしまいました。この重圧に耐えるのは大変か?と慮るところもある一方、「多分、子どもの頃からそれには慣れ、慣らされてきたはずだからきっと耐え抜けるだろう!」と期待しています。春野さんは、春野さん!なんだから…!
ブログ友達のある人!
息子さん(大学生)の先を案じてカキコが…!
ボクは思わずコメントしてしまいました。

ニートの時代から、およそ20年!
氷河期と言われて、およそ10数年!
超氷河期と言われて、およそ10年余!
派遣村の炊きだしに、辛うじて救われる人少なからず!
僕の町の資料をみると…?
高額所得者は…? 少し増えている…!
低所得者は…? ものすごく増えている…!
中間層が…! どんどん減っている…!
鳩山さん! 
お母さんにもらったお金、修正申告なんて言わないで…!
困っている人に配ったら…?
青年にも、高齢者にも、未来を信じられる政治をしてくださいよ!
このごろどうもフラフラしているように見えて…、
「友愛」の看板が泣いている (v_v)
 昨日の「致仕」についてコメントをくださった方がいます。曰く
 深い言葉ですね〜♪  
 この際、ちじ=知事にもなって下さいm(__)m
 あんな文化音痴&基地頼みカジノ大好き知事殿様では、関空と一緒に大阪がホントに沈没してしまいます。
 返信しました。
 いや〜!ボクは知事!なんて器じゃありません アッタ(・o・)リマエ!
 それにしても…!
 橋下(正確には〝はしした〟)クン!
 やんちゃ坊主!というか、傍若無人!というか?
 とても本業の「法の番人」は務まりませんねぇ…!
 知事の「知」に「やまいだれ」が着いてるんじゃないか?
 大阪について「こんな猥雑な街、いやらしい街はない。ここにカジノを持ってきてどんどんバクチ打ちを集めたらいい。風俗やホテル街、全部引き受ける」、「大阪をもっと猥雑にするためにもカジノをベイエリアに持っていく」なんて発言(10月29日・「関西・経営と心の会」での講演)は全く言語道断ですよね!
 「痴事」なんて悪口は失礼なんだけど…! (-_-;)
 致仕(ちし・チジとも)という言葉を見つけました。致死ではありません!
 今夏65歳を迎えてしばし…。嘱託とはいえ「もう辞めないと…」と思い、何度も「後釜を探して欲しい」と言うのですが取りあってくれません。「断固とした辞意表明をしないからだ!」、「お前が辞めさえすれば後釜は見つかる(思い上がるな!)」と叱責に近いアドバイスをしてくれる仲間や先輩も少なからず…。進退に思いを致す昨今なのです。
 気がかりで、年齢を表す言葉を探して見ました。還暦、つまり60歳。干支の12×5=60は馴染み深いのですが…。65歳にはそれらしい言葉がありません。ならば、12×6=72には何か表現があるのかと探したのが動機でした。72歳にもそれらしい言葉がありません。
 代わりにでてきたのが70歳を表す言葉の幾つか…。古希はよく知られています。「人生七十古来稀なり」(杜甫)です。さらに致仕という言葉が出てきました。「昔は七十歳が退官の年齢であった」、致仕とは「70歳のこと。官職を辞めるという意」、「大夫は七十にして事を致す(職を辞する)」(礼記)などとあります。
 そ〜かぁ〜! 70までねぇ! あと4〜5年かぁ〜! 何やら観念しそうな昨今なのです。
 
 昨日(12月6日)、義弟の茶店で「青春同窓会」なるものを催しました。
 きっかけは昨年、義兄が喜寿を迎え、夫婦の金婚式ということで昔の仲間!が集まったこと…。
 今回は28人に案内し、10人が参加。福井からの遠来の仲間も集まりました。
 旧交をあたため、近況を確かめあい、セピア色にコピーしてくれた写真集をながめ、こんなに若かったんだなぁ…と、話題はしきり…。
 みんなそれぞれに貧しく、苦しいことも多かったのだけれど、何とか乗り越えてきた仲間たちです。
 公民館サークル、地域サークル、メンバーが世話した子ども会、職場で、地域で、学校で、健気にがんばっていた青年たちが、いま…、みごとに初老?を生き、いまも意気軒昂としていることが確認される意義ある集いになりました。
 ボクは、当時みんなで歌っていた歌の幾つかを「青春同窓会・歌集」にして持参しました。結局、みんなで8曲、用意した歌のほとんどを合唱しました。やはり、時代を反映してか、選曲したなかで荒木栄の歌が一番多くなっていました。60年代初頭の青年たち…、今はもう多くが60代半ば〜後半にさしかかっています。50年近くも前のことが昨日のように…!
(↓の画像は大きすぎるので2ページ分だけアップしました。クリックすると拡大できます)
 
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