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最近は久しく朝ドラを見ていませんでした。
出勤時間に微妙に差し障るからです。
でも、カーネーションだけは見るようにしています。
で、主題歌の歌詞が分かりにくい…、という人もあるようなので探してみると恰好のものがありました。
見やすく、聞きやすいですヨ!
3つもバージョンがあるのですねぇ…!(クリック)
今朝の朝日新聞、大阪・河内版にこんな記事が載りました!
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▲ 記事はクリックで拡大できます。適当なサイズになおしてお読みください。

大石さんはボクの友人、元同僚の一人です。
停年退職してから定時制高校を受講しているらしいことは知っていましたが、本人は内密にしていたようです。でも、新聞に載ってしまいましたからもう隠しようもありませんねぇ!
先日「新聞の取材を受けた」と言っていたのでいつ載るのかな?と思っていました。
なかなか載らないので、見落としたのかな?とも…。
明日が全国大会なのですね。そうか、この日まで掲載を見合わせていたのか!納得!
それにしても素晴らしいね!快挙です!
大石さんは小説も書くし、短歌も手がける。歌もうまい。
大した人です。
先ずこれを!(クリック)
3.11を機に「絆」というHPが開設されて久しくなります。
渡辺謙氏が呼びかけ、被災者のみなさんにエンタティナーの方々が寄せられたメッセージの集積です。
ボクはこのコーナーが開設されたときから欠かさず覗いています。
折々に紹介したい場面が多々ありましたが、いちいち紹介するのもひつこいかなぁ…と思案して、控えていました。でも、今日は思うところあって久しぶりに曳いてきました。
茨木のり子氏のこの詩。含蓄が深いと思うのです。
紺野美沙子さんがこの時に、この詩を曳いてこられたことに深い思いが募ります。
振り返れば、関東大震災の折には朝鮮人虐殺や社会主義者への大弾圧の口実に「大震災」が悪用された歴史があるのですから…!
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 露子の詩「小板橋」はこちらでお読みください。(クリック)
 筆を折る。恋しい人との別離を覚悟する。
 ボクは二重の意味での絶唱だと受けとめています。
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    ▲ クリックすると少し読みやすくなります。

打てば響く!ちょっといいお話。
 大阪で今大問題になっている「教育基本条例」。上記は先日新聞に掲載された池田香代子さんのコメントです。「高をくくってはいけない!」と警鐘を鳴らすいい記事だと読みました。掲載された直後、一連の取材にあたっている記者さんからとてもいい裏話を聞きました。
 「実は一度はコメントを断られたのです。ところが後日、池田さんのブログに『取材に応じておけばよかった』と書かれていたので再度お願いして登場していただきました」と言うのです。
 どんなブログだったのでしょう?興味が湧きますね。ドイツ文学翻訳家ならではの的確な評論ですが、文末を読んで驚きました。
 「わたしは今、一番目の取材をお断りしたことを恥じ、反省しています。メモを取らなかったので、記者さんのお名前がわからず、困っています。記事の参考にしていただくにはもう遅いでしょうが、せめてお詫びがしたいのです」と書かれているではありませんか。「反省」「お詫び」など勿体ない。大急ぎで再度の取材に駆けつけるべき「ありがたい呼びかけ」にほかなりません。
 そのブログがこれです。(クリック)

ハシズム! …… 最初の命名者?
 お気づきのようにこのブログには「今、大阪で『反ハシズム』という言葉が躍っていますが、わたしもけっこう早い時期に思いついていたわけです」という件(くだり)があります。
 世の論客たちの中で橋下氏の思考回路を分析し、そのファッショ性をいち早く見抜き、これを「ハシズム」と喝破したのは池田さんがもっとも早かったのではないでしょうか。
 池田さんが橋下氏の手法について「民意を重んじる指導者というポーズをとりながら、その民意は自分が煽ったものであり、最終的には『僕が判断』するというのです。つまり、これが独裁的ファシズムです(ハシズム?)」と指摘したのは去年の3月4日(クリック)のことでした。
 ☆ 念のためGoogleに「ハシズム ハシスト 橋下」と入れて検索したところ、この   用語が登場するのは早くとも今年に入ってからのものばかりでした。
 ボクは先日「橋下知事は今年6月29日、自らの政治資金パーティーで『政治のあり方を決めるのは力。最後は多数決』『今の日本の政治に必要なのは独裁者』と怪気炎をあげた。己が独裁者であることを自認したのだ」と書いたように、この時を以て橋下氏をハシストと呼び、その思考をハシズムと呼ぶことにしました。それはそれで一理あったと考えています。
 しかし、池田さんが橋下氏の思考回路を分析していち早く「ハシズム」と命名されたこと自体は誠に慧眼と言うほかありません。

 
今日は文化の日です!
で、少しいたずら心も働いて、川柳などでお目汚しを…!
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 * 川柳をブログにアップ文化の日
 何と言うこともない川柳ですが、文化の日にパソコンなどに向かっている「文化性」ってなんだろなぁ…、もっと文化の香りする過ごし方はないのンかいナ…!という自嘲めいたくすぐりの積もりで…!
 * 文化の日自由と平和の意気新た
 こちらはチト真面目に…。「国民の祝日に関する法律」を見ると文化の日の項には「自由と平和を愛し、文化をすすめる」とあります。つまり、文化のツボは「自由と平和」にあるんですねぇ…。ボクの性にあいます。ハシスト君をはじめ聞かせてやりたいエセ政治家が一杯いるからねぇ…。
 で、もちろん憲法です。第25条「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」のです!
 特に後段が大事です。国会議員・政府閣僚諸君によく言い聞かせてやらねばなりませんなぁ…。国民には「最低限度の権利」があり、国にはこの最低限度を常に「向上、増進させる義務・責務がある」のですからねぇ…。「維持」しているだけではダメなのです。
 カネがない?「自由と平和」に役立たないカネこそむだ遣いなのです。思い当たるでしょ?
 * 「君が代」の歌意羞かしき文化の日
 この句には少し説明を要する方が増えているのかも知れません。
 11月3日は明治天皇在位中は「天長節」と呼ばれ明治天皇の誕生日を祝う祝日だったのです。当初は旧暦で祝われていましたが、1974年(明治6年)以後新暦で祝われるようになりました。天長節は昭和の時代には昭和天皇の誕生日(4月29日)に変わりましたが、大正天皇の誕生日(8月31日)は明治天皇逝去(7月30日)の直後だったため祝日にならず、他の日(10月31日)が天長節にあてられたようです。
 ともあれ、明治天皇の誕生日が形を変えて「国民の休日」となった。近代天皇制と侵略と戦争の象徴的な日から「自由と平和」の日に変わったのですから、この大きな変化の意味をしっかり噛みしめたいと思います。
 さて、「君が代」です。これは明治維新後、諸外国との折衝に際して何らかの楽曲が必要だとの認識のもと常用されるにいたりましたが、元来「陛下奉祝の楽譜」にすぎず、「国歌」としての法制的な位置づけはありませんでした。記録によると「(当時の)軍務局長上申書である『陛下奉祝ノ楽譜改正相成度之儀ニ付上申』が施行」され、「1880年(明治13年) 天長節祝賀の宮中で『君が代』が初めて披露された」そうです。その後の明治26年(1893年)8月12日に文部省が「君が代」等を収めた「祝日大祭日歌詞竝樂譜」を官報に掲載・告示したにすぎません(竝:ならびに)。
 興味深いのは歌詞および歌意についてです。
 作者について色々な説を唱える人がありますが、実際のところは不明というのが実態でしょう。「歌詞の出典はしばしば『古今和歌集』(古今和歌集巻七賀歌巻頭歌、題しらず、読人しらず、国歌大観番号343番)とされるが古今集のテキストにおいては初句を『わが君は』とし、現在採用されているかたちとの完全な一致は見られない」というのが真相です。「わが君」が天皇をさすのかどうかについても諸説があり定かではありません。
 歌意については「元々は年賀のためであったこの歌は、鎌倉期・室町期に入ると、おめでたい歌として賀歌に限られない使われ方が始まり、色々な歌集に祝いごとの歌として収録されることになる。仏教の延年舞にはそのまま用いられているし、田楽・猿楽・謡曲などには変形されて引用された。一般には「宴会の最後の歌」「お開きの歌」「舞納め歌」として使われていたらしく、『曽我物語』の曽我兄弟や『義経記』の静御前などにもその例を見ることができる。
江戸時代には、性を含意した「君が代は千代にやちよにさゞれ石の岩ほと成りて苔のむすまで」(「岩」が男性器、「ほと」が女性器を、「成りて」が性交を指す)に変形されて隆達節の巻頭に載り(同じ歌が米国ボストン美術館蔵「京都妓楼遊園図」[六曲一双、紙本着彩、17世紀後半、作者不詳]上にもみられる)、おめでたい歌として小唄、長唄、浄瑠璃、仮名草子、浮世草子、読本、祭礼歌、盆踊り、舟歌、薩摩琵琶、門付等にあるときはそのままの形で、あるときは変形されて使われた」という解説があります。江戸時代には「性を含意した」とはいささか強引に思えますが、猥雑な唄の一つだったのは間違いないようにも思えます…!
 確かに「君が代は色街で唄い継がれていた」「隆達節がその発祥だ」と唱える人は他にも多く、ボクはそれなりに説得力のある説明だと考えています。
*「隆達節」とは大阪府堺市堺区にある法華宗本門流の寺で常住山顕本寺(けんぽんじ)の坊の一つ高三坊に在した高三隆達があみ出した小唄「隆達節」のことです。
 そんなわけで
 * 「君が代」の歌意羞かしき文化の日
 と詠んでみたのです。

 とまれ、とんだ文化の日になりましたねぇ…。m(__)m 敬白

 
 
 地元はもちろん、全国から1万人を超える人たちが集まったという「なくせ原発!10・30福島集会」のアピール全文です。

   ふくしまに生き、明日につなぐ。
    ふくしまからの呼びかけ

 3月11日の地震と津波で、根拠のない安全神話が崩れました。私達が危惧していた原発事故が、現実に起きてしまいました。
 福島第1原発事故は、天災でも想定外でもない「人災」です。利益を優先し安全対策を怠った東京電力と、それを後押ししてきた国がおこした「人災」です。
    *          *
 目を閉じて思い浮かべてください。
 ふるさとを奪われ、いつ帰れるかもわからない住民の不安を。
 わが子のように守り育ててきた土を、豊かな恵みをもたらす海を奪われた怒りを。 
 手塩にかけた作物を食べてもらう喜びを奪われた悲しみを。
 「ふくしま」と名がついただけで、避けられてしまった悔しさを。
 一生にたった一度の思い出をつくることすら叶(かな)わなかった子どもたちの悲しみを。
 さよならも言えず、友だちと別れた子どもたちの思いを。
 子どもの寝顔に「あなたを私は守れるのだろうか」と語りかける親の葛藤を。
 「子どもを守るため」に離ればなれに暮らす家族の疲れを。
    *          *
 いま、ふくしまの人々は立ち上がっています。
 私たちは、このふくしまから訴えます。全国に、世界中に訴えます。
 安心して子どもを生み育て、安心して暮らし、安心して働ける、そんな当たり前な生活を一日も早く取り戻すために。
 「放射能被害から子どもたちを守ろう!」「被害・損害の全面賠償を求めよう!」「原発をなくそう!」「3月11日前のふくしまに、国と東京電力の責任で戻せ!」と。
    *          *
 いのちと原発は共存できません。 
 私に、あなたに、未来につながるいのちに、美しい大地・空・海を引き継ぐために!
 いま、声をあげましょう!広げましょう!
 「なくせ原発!」

 集会の様子を知りたいと思いました
 探してみるとアップしてくださっている方がおられました。
 映像は不安定ですが音声はキチンと入っています。
 パレードの終わりまで全部見ると2時間近くかかりますが、集会だけなら1時間20分位でした。
 正直なところ長いので時間は惜しかったけれど「やっぱり見なくては…」と思い、見ました。
 子どもの大声コンテスト。「外でかくれんぼしたい!」「○○くん、福島で待っているよ!」の言葉に胸がじんとなります。
 みなさんにご覧頂く時間はあるでしょうか?
 
なくせ!原発 安心して住み続けられる福島を!10.30大集会インふくしま(クリック)