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ボクのGW、3日めです!所用は目白押しでゆっくりもできないのですが、せめても…との思いでチャップリンの名画「ライムライト」を探索しました。
ユーモアとペーソスに満ちたヒューマニティあふれる映画です。
小学生の時に叔母に連れられて見て、それなりに感動した記憶はあるのですが、大方は忘れていました。再度、見たのはもう29歳にもなっていたのでした。今度はホントの意味で深い感動を覚えました。
ご覧になった方も多いでしょうし、少し時間はかかるのですが、おつき合いいただける方はどうぞ…!

先ずは予告編とストーリーの確認を…!(クリック)

名場面はいくつもあるのですが、とりあえずノミのサーカス(クリック・7:09)を愉しみましょう。散々愉しませてもらい、笑わせてもらうのですが、ふと気がつくと観客は全くいない、孤独なコメディアンの姿に身が引き締まるのですねぇ!

次は、かの有名なバスター・キートンとの掛け合い(クリック・8:58)です。初めの方は少し冗長な感じがしないでもありませんが、実はこれがクライマックスへの驚くばかりの布石なのでした。
熱演のあまり、ドラムの中に転げ落ちたカルヴェロは、瀕死の淵に落ち込んでしまいます。

ラストシーン(クリック・3:08)は涙無しには見られません。カルヴェロの再起のチャンスと思いきや、絶命の時だったのです。カルヴェロとの幸せな時を信じつつ華麗に踊り続けるテリー!
ライムライトの主題曲“テリーのテーマ”がしみじみと流れます。

☆この映画をここにアップしようと昨夜から何度も探索したのは、単なる懐かしさからだけではありません。
チャップリンがこの映画を製作した1952年、アメリカではマッカーシズム、「赤狩り」の旋風が吹き荒れ、チャップリンも「容共的」との指弾を受けていました。そのため、「ライムライト」のプレミアムでロンドンに向かっていたチャップリンは、トルーマン政権によって事実上の国外追放を受け、アメリカに帰れなくなってしまったのです。
「冷戦」構造の兆しのもと、アメリカが「反ファシズム」の原点を投げ捨てた「負の証」です。

☆日本でも、これに呼応して「松川事件」のようなフレームアップに続いて、レッドパージの嵐が吹き荒れます。「企業の破壊分子」「公務の阻害者」とのレッテルを貼られ、職場を追われた犠牲者は4万人にも及ぶとされています。
ところが、この映画「ライムライト」は1953年2月には日本で上映されているのです(ボクが叔母に連れられて分からぬながらも鑑賞した最初がこの時でしょう)。
これは凄いことだと思います。何しろアメリカでこの映画が上映されたのは製作から20年も経った70年代のことだったのですから…。日本の映画人が様々な困難を乗り越えて独立プロ運動などで次々と名画をモノにしていた時代の反映でもあるのかも知れません。
73年には日本でもリバイバル上映されました(これがボクの2回目の鑑賞です)。

☆さて、時あたかも4月14日、レッドパージ反対大阪連絡センターが結成され、ボクも誘われてその一員に加わることになりました。

* 最後にちょっとエピソードを…。
 「チャップリンは正式な音楽教育は受けておらず、譜面の読み書きはできなかったが、思いついたメロディをピアノで弾いたり口ずさんだりしたものを専属のアレンジャーが写譜した。撮影の合い間は、かけだしの頃に独学で習得したチェロやヴァイオリンを奏で、アイディアに行き詰まると自宅に備え付けられたパイプオルガンを何時間でも鳴らしたという」との記録がありました。
 そして、チャップリンは「左利きだったため特注品を愛用」ともあります。そこでもう一度、上記のキートンとの掛け合いの場面を見ますと、確かに!チャップリンは左手で弓を持ってヴァイオリンを弾いていますねぇ…。他に、チェロなどを弾いている映像もありますが同じように左手で弓を持っていました。
5月の3日から富田林・寺内町で「ちりめん細工展」(クリック)がおこなわれます。
頼まれて3日、10日、12日、13日と連続して寺内町を案内することになっているので、恰好の催しだと思うのですが、どの程度の人出になるのか気がかりです。
あんまり人出が多いと、食事の段取りも含めて、案内しにくくなりますからねぇ…。
天候も…。
少々の雨なら風情もありますが、土砂降りだと歩きにくくなるでしょう。

* チラシはクリックで拡大できます。見やすい大きさにしてご覧ください。
「日本近現代史を読む」の「読む会」を続けています。
今回の資料提供に讒謗律や新聞紙条例、集会条例や保安条例のメモをつくりました。
その中にこんなくだりがあります。

☆保安条例 1887年(明治20年)12月25日制定、即日施行
 秘密の集会・結社を禁じた。内乱の陰謀・教唆、治安の妨害をする恐れがあるとして、自由民権派の人物が皇居の3里(約12㎞)以外に退去させられ、3年以内の間その範囲に出入りすること、居住することが禁止された。12月26日夜から28日までに総数570人にのぼり、その中には尾崎行雄や中江兆民らもいた。
 この条例の拡大解釈によって民間の憲法私案(私擬憲法)を検討することが禁じられ、逆に弾圧の対象とされたため、私擬憲法が政府に集約されず、一切反映されなかった。

皇居から3里、約12㎞ってどんな範囲なのでしょう?
バーチャルに表現できる方法はないのかな?
地図で3里、半径12㎞の範囲を表現できる方法はないのかな?
探してみるとありました!
こんな具合になりました。(クリック)
現在の東京23区、ほとんどの地域が入ってしまいます。

因みにわが家から半径1㎞の範囲も探してみるとうまくいきました。
面白いですねぇ…!  
 10年ほど使った愛着のステッキですが、最近ボロボロ加減が目立つようになったので買い換えました。
 慢性の椎間板狭小症とかで、いつ何時腰に激痛が走るかも知れないので用心のために常用しているのです。でも時折、「杖をついてどうしたん?」などと聞かれると「杖と言わないでください。ステッキとおっしゃってください」と切り返し、笑いを誘っています。
 新しいステッキは気持良いけれど今年の春は殊の外寒く、今日あたりからやっと春らしくなりそうです。<画像はクリックで拡大できます>
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< 俳句歳時記より >
*東風(こち) 東から吹く春の柔らかい風。春風の駘蕩(たいとう)たる感じと違って、まだやや荒い早春の風。
 強東風(つよごち)はその激しいさまである。
*風光る(かぜひかる) 春になってだんだん日光が強くなると、吹く風が何となく鋭く光るように感ぜられる。春風との同趣同工を避くべきである。
*春風(はるかぜ) 春風駘蕩というように、暖かく柔らかに吹く風である。ときには強風なども吹くが、面を吹いても寒くない。
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* 辟易してるばかりではダメだなぁ!叱ってやらなければ…! *