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これほど心のこもった追悼の言葉はあるまい。
小学2年生の少女に残した生き様…、想い出…!
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今日の「朝日新聞」voice声欄に掲載されていました。
最高の、記念に残しておきたい、庶民からの弔辞!と読みました。
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 今日は一日、思わぬことでバタバタしていました。
 せめて気分転換に一句!
仲間の通夜、葬儀が連続して少し疲れました。
18日の夕刻から20日、今日21日と秋祭り。
あちこちのだんじりから音頭、鉦、太鼓の響きが渡ります。
先ず遠景から
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先頭では幼い子どもたちがロープを曳きます
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本体では青年団が主役です
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鉦、太鼓は中学生の担当です
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小さな神社の境内では伊勢神楽の奉納が
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健康で賢い子になるよう、頭をお獅子にかぶりついてもらいます
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夜になると電飾の提灯も一層映えて、勇壮に曳きまわします
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祭りに欠かせぬ「くるみ餅」。胡桃ではありません。枝豆(田圃の畦に植えるので畦豆と言います)を茹でて、ミンチで砕き、餡にして餅をくるんで食べるので「くるみ餅」です。
河内、泉州の祭りには欠かせぬ名物ですが、それぞれの家庭で少し風味がかわります。
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秋祭り真っ直中の仲間の葬儀…。うら悲しさと華やかさ、変な気分でした。
 今日、夕刻帰宅すると書き留め郵便が届いていました。
 あかつき川柳会からの「入選句集『あおぞら』№2」でした。
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 ボクの自由吟が植竹団扇氏の選で大賞を頂いていました。
 同氏は「信仰心ではない。大江健三郎はそれを『オプティミズム・ウィル』(意思における楽観主義)と表現している」と身に余る選評をしてくださっています。
 後記を読んでみると「42都道府県から619人、約5,000句の川柳が集まった」そうです。その中で8人の大賞受賞者の一人に選ばれたのですから、ホントに光栄です。
 ご覧のようにこの川柳大会には「腕」「生きる」「地球」の課題吟と「自由吟」を8人の選者が選句されていました。
 ボクもそれぞれに2句ずつ投句していましたが、公表を控えるのがルールだろうと、このブログへのアップは控えていました。ようやくアップできる日がきたので、投句した8句もここにアップしたいと思います(ガマンするのは長かったなぁ!)。
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   *画像はクリックで拡大できます。適当なサイズになおしてご覧ください。
 
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 いつも家の片隅にいるフクロウ・トリオたち。
 芸術の秋ゆえちょっと舞台にあがってもらいました。
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 昨夜、「劇団きづがわ」のみなさんによる「美ら海」を見てきました。タバコ休憩に表へ出るとこんなブロンズ像がありました。大阪市立子ども文化センターの一角です。
 夜でもあり、ケータイではなぁ…と思いつつ撮ってみると、まぁまぁの出来映えのような気がするのですが…。
 結論もアップしておかないといけないのでは…、というご意見を頂きましたので…、
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ボクの感慨をこめて…
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 *それぞれクリックで拡大できます。適当なサイズに直してごらんください。
* 終わりに 大津絵あれこれ *

 何気なく手に取った大津絵だし、順序も坊主めくりのように手当たり次第でした。でも折角だから、もう少し大津絵のことを確認しておきたいと思います。
 大津絵は確かに庶民のものには違いないけれど、由緒あるものだからです。その諧謔、諷刺は愉しく、ボクが川柳もどきにイタズラしてみようと思わせるに充分でした。

 ネットでは、大津絵のことがよく分かる解説が幾つもあります。
 大津絵の店(クリック)もその一つです。
 ここでは、大津絵概説・大津絵略年表・高橋松山略歴・大津絵十種・大津絵の鬼・大津絵と俳句・画題覚え書きが詳述されています。
 大津絵美術館(クリック)では、展示品が紹介されています。
 youtubeの大津絵(7:32)(クリック)には、高橋松山氏が登場しておられ、かなり詳しいことが分かります。

 大津絵節というものがあることは今回初めて知りました。ボクはず〜っと昔、子どもの頃にある種の大人たちが愉しみに聴いたり、唸ったりしているのを見かけたことはありますが、小唄、端唄のことは全く知りません。でも、今でも愛好家はかなりおられるらしく、youtubeにも少なからずアップされていることが分かりました。
 ただ、音源は蓄音機でSPを聴くものがほとんどで聞き取りにくいことは否めません。ここでは一つだけ、小唄 大津絵(クリック)だけを紹介しておきましょう。比較的聞きよい音源だったからです。

 さて、これで「大津絵 戯れ事」はお終いです。如何でしたでしょうか。ボクは大津の街はその昔、庶民文化、東西文化の交差点だったことが分かって、とても収穫だったような気がします。

    鬼奴猿も大津を往き来する

<追記>
 文中「東西文化の交差点」と書きましたが、これは言葉のあやで実際には「東西南北文化の交差点」とするのが正しかったでしょう。
 なぜなら、この地方は浪速、京、江戸への交差点(東西)だけでなく、若狭・備前や伊勢、紀伊をつなぐ交差点(南北)でもあったからです。
 当時の古地図などを見ると、地図の「東西」はかなりリアルですが、「南北」の描き方にはかなり不自然なものがあります。これは当時「南北」についての認識がかなり「あやふや」だったことの反映です。                                  2012.10.02.記