<   2013年 02月 ( 18 )   > この月の画像一覧

    当世雛飾り事情
b0142158_10265161.jpg

  * 画像はクリックで拡大できます。適当なサイズに直してお読みください。

 上の句には季語がありません。
 当初は、アイロニーをこめていろいろ「季語つき」を考えたのですが…。
 ひな飾り 官女囃子は リストラよ
 ひな祭り 親王雛は 二人だけ
 
    etc.
 でも、念のために…と考えてあちこちググっているうちに、笑えなくなってしまいました。

 始めは、こんなものでした。
 雛人形(ひな人形)の選びの基礎知識(クリック)。
 まぁ、罪がありません。

 その次は、こんなものです。
 おひなさま(親王飾り)。値段は幾らのものを買いましたか?(クリック)。
 結構、値段が張るので笑いの種にするのは恐縮です。初節句を迎える娘さんを抱える両親といえばまだお若いわけで…。値の張る雛飾りを若夫婦の財布で手に入れるのはなかなか覚束ないでしょう。

 最後に見たのが、このトピです。
 (助けてください)社宅に7段の雛人形どうすれば・・・。(クリック)。
 一見、贅沢な悩みのようにも見えますが、事態は深刻です。同じような悩みを持つ若い母親たちもたくさんおられるのでしょう。驚くほどたくさんの意見、励ましの言葉が寄せられているではありませんか。中には、相当激しいアドバイスもあります。
 読み進むうちにシュンとなってしまいました。
 ひな飾りやひな祭り、桃の節句に寄せたホノボノ川柳はごまんとあるのですが、こんな実態を反映した川柳はネットの世界からはほとんど窺えません。
 といって、単に揶揄や皮肉まじりの川柳を詠むのが作法であってはなりません。
 というわけで、今回は苦になる句を詠んでしまいました。
最近は大活躍、引っ張りだこといっても過言ではないだろう。
で、大阪の片田舎のおっさんの出る幕はない!と眺めてきた!
だが、この話は紹介しておきたい。
モタさんと、黒柳徹子さん、さまよえる青年…!
そこに、希望や決意のあり方が透けて見える。
「人生は長いのだ。途中、一年や二年、人から見て『わけのわからない過ごし方』をしたところで、それで取り返しがつかなくなるなんてことはない。箸休めの体験が、その後の人生をしっかり支える可能性のほうが大きい」
がんばろう!という前に、ありのままでいいんだよ!というメッセージが聞こえる。
皆さんもお楽しみください。
モタさんの言葉 第23話(クリック)
*ボクは春野さんの絵が好きなんです。
 画材や気候、気分で微妙に色調やラインが変わるようで、そこは興味深く拝見しています。
b0142158_22113465.jpg

こんなポスターを街頭に貼りだしていたはずなのに…。
日米「首脳?」会談でご破算なのか…?
このポスターを党本部に送ってやろうと思ったけど、さっと送れる術は公開されていない!
各種の報道を見ても、安倍氏や現下の日本の政界トップがマトモに相手にされているような気配はない。
屈従の対米外交であることが透けて見える。
b0142158_22172136.jpg

 
b0142158_11261764.jpg

 何気なく「年金者しんぶん」を読んでいると、吉井英勝さんの文章に出会いました。
 「質問は受け狙い、一発芸ではなく、将来への布石」という言葉に感銘を受けました。 
 確かに吉井さんの質問や演説は、「受け」を狙って「笑いをとること」や「煽りたてること」を慎んだ的確さがありました。
 「怜悧」と言って過言でない吉井さんを「友人だ!」などと言っていられる嬉しさ、贅沢さを噛みしめています。
ビッグニュースです!
 野田淳子さんと上条恒彦さんのジョイントコンサートが富田林で開けそうです。
b0142158_22595367.jpg

b0142158_2313115.jpg

 昨年末、中島光一氏、野田淳子ご夫妻がわが家に一泊。翌朝、お二人を案内して、拓共同作業所を訪問した際に「淳子さんと上条さんのジョイントコンサートを…」という話が持ち上がっていました。
 後日、11月24日に上条さんのスケジュールがとれる、との連絡はあったのですがその後の音沙汰が無く心配していたところ、淳子さんから

「ちゃーちゃんさん ご心配ありがとうございます!来週上條さんが舞台出演のため大阪に見えますので、拓作業所の田中さんたちと打ち合わせします!頑張ります!どうぞご協力よろしくお願いします!大成功させなくてはいけません!」

との連絡がありました。すごいねぇ…!
 主催は当然、拓作業所とその仲間たちとなるでしょうが、沢山の応援も必要となることでしょう。
 まだ、詳細は発表できませんが、とにかく富田林で!お二人のジョイントコンサートを楽しめるのですゾ!
 上条さんのすすめでプロへの道を進んだ淳子さんとはいえ、お二人のジョイントコンサートはそうそう多くはありません。
 詳細発表をお楽しみに…!

 * 画像とポスターは2008年9月のものですが期待をこめてアップしておきました。
 * こちらはCDのジャケットです。
b0142158_23103620.jpg
 
少しだけさわりも聞けるので(クリック)ご覧ください(もちろん、ご購入歓迎でしょう)!
b0142158_11221569.jpg

 ボクのfacebookの友だちに萩谷 良さんという方がおられる。面識はないがFBでは親しい方だ。
 この方が上記の写真をアップされ、英語に弱い(まるでボクのことじゃないか!)人のために自分で翻訳してくれた文面に感動した。
 FB同士のシェアはよくあることなのだが、個人のブログにそのまま転載するのはいかがなものか?と思ったので、お許しを願うメッセージを送ったら、「どうぞどうぞ!」と快諾をいただいた。
 ボクのブログを愛読くださる方々にぜひお読みいただきたい。

“An amazing occurrence happened in South Africa when 31 elephants made a “Journey To Pay their Respect.”
 南アフリカで、動物救援活動で知られた人物が亡くなると、31頭の象が最後の別れを告げに訪れるという驚くべき出来事があった
 どうして象たちはその人物の死を知ったのだろうか。象をはじめ多くの動物の命を救ってくれた英雄がこの世を去ろうとしていると彼らに告げた、人間の知能より偉大な、深い何かがあったのである。
 その人、ローレンス・アンソニー(1950ー2012)は、その動物救済活動によって南アでは伝説的な人物であり、ベストセラーとなった「象にささやく人」を含め3冊の著作もある。2003年に、バグダッド動物園の動物を米国の空襲から救いに現地に乗り込んだり、世界中で、人間の残酷な仕打ちを受けている野生動物を救う果敢な活動を展開し、数多くの象を救出して野生の世界に戻してきた。
 そのアンソニーが、2012年3月7日に亡くなった。すると、その二日後、野生の象の群れが、2頭の巨大な雌の族長に率いられて、彼の家に現れた。別々の象たちが、彼らの愛する友人である故人に最後の別れを告げるために、集まったのだ。合計31頭の象は、12マイル以上の道を辛抱強く歩いてやってきたのである。
 このありさまを目にした人間たちは、当然この動物たちに畏敬の念を抱いた。それは、アンソニーの逝去のときを正確に知ってやってくるという象の智恵にばかりではない。彼らの記憶力と、こうも組織的に表された彼らの感情に、心を動かされたのである。象たちは、原野の住処から、アンソニー邸まで数日もかけて、1頭また1頭とつづく厳かな隊列を作って、ゆっくりと歩みを運んだのだ。
 アンソニーの妻、フランソワーズ夫人はとりわけ深い感動を受けた。それまで、象たちの訪問を受けたことは3年以上もなかった。それなのに彼らは、そこに来る道をちゃんと知っていて、なんのためにこの家を目指すのかを知っている様子だった。あきらかに象たちは、ローレンスに対する深い敬意を表したかったのだ。彼らの命の恩人であるこの人間を敬う彼らの気持の深さは、2日2晩何も食べずにそこにとどまったことによく表れている。
 こうして、世界中で象以外にも多くの動物の命を救った人物に、彼らにできるたった一つの、しかも感動的な記念すべき方法で敬意を捧げた象たちは、人間の決して及ばない智恵と情愛の深さをもつことを証明した。そして、ある朝、そこを立ち去り、長い家路についた。

* ボクも象が賢いことは知っている。でも、霊感ということはあまり信じない!感動的な話だがホントのことか?と目を疑うような話ではないか!
 ご心配なく、萩原氏は「戦火のバグダッド動物園を救え―知恵と勇気の復興物語」(クリック)というローレンス-アンソニーの本を紹介されたうえ、ペンと絵筆inアフリカ(クリック)というブログも紹介されている。
 ホントにあった感動的な話なのだ!
 < 追記 >
 ボクは誰か、この物語を映画にしてくれないかなぁ…と思った。
 象の群れたちがのっし、のっしと隊伍を組んで大草原を歩き続ける姿が延々と続いても決して見飽きることはないだろう!
先日、石部先生の近著のこと(クリック)に触れたばかりなので、やっぱりこれもアップしておきたい。
大きな限界を感じるのだが、とにもかくにも箸墓古墳に学術調査の立ち入りが認められたという報道だ。当然とはいえ、やっとここまできたかと喜んでいいことだろう。
朝日新聞デジタルなので(クリック)、ログインできない方には続きが読めないかも知れないけれど、それでも一端は窺っていただけると思う。
最近の動向を見ると、やはり邪馬台国は大和という説への裏づけが濃くなってくるようだ。
宮内庁は、学術研究にたいしてもっと謙虚に、真摯に対応すべきだとの思いが募る。
学術的にはとっくに「万世一系」なんて論は崩れているし、「天皇墓」と称する全体像の怪しさは彼ら自身も自覚しているに違いないだろうに…。

つけても、わが友人!
吉井英勝氏が早くに現地に調査に入っていたことが思い起こされる。
b0142158_21494870.jpg


当時の記事を探してみると、あったあった!
「日本共産党の吉井英勝衆院議員(比例近畿候補)は12月16日、古代王権成立の地とされる奈良県桜井市にある纒向(まきむく)遺跡の箸墓(はしはか)古墳(3世紀中〜後半・全長約280メートル)を視察し、墳丘周辺の発掘調査や管理の状況などを聞き取りました。
 同古墳は国内最古級の大型前方後円墳とされ、最近の発掘調査で前方部正面に幅60〜70メートルと推定される大規模な外濠跡が確認されました。古墳の正確な範囲確認と全体の保存が求められています。
 吉井議員は桜井市教育委員会文化財課技師の橋本輝彦氏らから発掘調査の成果などについて説明を受けました。橋本氏は、同遺跡では他地域産の「搬入土器」の出土比率が高く、 農耕具より土木工事用工具が圧倒的に多いことなど、一般の集落と異なる「都市」の特質をもつと解説しました。
 また、同古墳を「陵墓」として管理する宮内庁の福尾正彦・陵墓調査官から葺石(ふきいし)の礫(れき)が調査で出てきた様子や日常の手入れの状況を聞きました。
(写真)奈良県桜井市の箸墓古墳を視察。福尾正彦・宮内庁陵墓調査官から説明を受ける吉井議員(2008.12.20赤旗)
b0142158_0181112.jpg

   *画像はクリックで拡大できます。適当なサイズになおしてご覧ください。
今回は4回シリーズになってしまったので、続けてお読みいただけるよう整理しました。
<Ⅰ>  
 今日、思うところがあってfacebookに「マスコミは用語の再検討を!」といった意味のカキコをアップしました。
 その要旨から紹介します。
 まず一般的な意味から言って「体罰」とは何なんでしょう?広辞苑から拾いました。 
 体罰:身体に直接苦痛を与える罰、とあります。では「罰」とは?
 :罪またはあやまちのある者に科する懲らしめ。しおき、とあります。では「罪」とは?
 :社会の規範・風俗・道徳などに反した、悪行・過失・災禍など(他の意もありますが、該当すると思われる部分だけ引用しました)とあります。
 この3点を整理すれば、罪を犯したものが身体に苦痛を受ける形で受ける罰が「体罰」ということになります。
 桜宮高校の例を待つまでもなく、マスコミは連日「体罰」という用語・用法で教師の生徒への「暴力」を報じており、今日もまた「近江高の柔道部 男性顧問が体罰」という報道があります。
 先日、舌足らずかな?と思いながらアップしたブログ(クリック)にもあるように今回もまた「平手でたたいた」と言い訳がましい書きぶりです。
 生徒はいったいどんな「罪」を犯したというのでしょうか?
 果たして「罰」を加えるべき「悪行・過失」を犯したのでしょうか?
 「平手」で叩こうが、「拳固」で殴ろうが、これは「暴力」というべきものではないでしょうか?
 これが、マスコミに「体罰」という用語・用法を改めてもらいたい第一の理由です。
                           <続く>
<Ⅱ>
 「体罰」の問題は、教育行政上どう扱われるべきなのか、という問題でもあります。
 まず、学校教育法を読んでみます。
 第十一条  校長及び教員は、教育上必要があると認めるときは、文部科学大臣の定めるところにより、児童、生徒及び学生に懲戒を加えることができる。ただし、体罰を加えることはできない。
 つまり、「教育上必要がある」ときに「懲戒」は許されるが「体罰」は許されない、というのです。
 許されない「体罰」はなんと表現すべきでしょうか?
 ボクは「暴力」というほかない、と考えています。
 これが、第二の理由です。

 でも「懲戒」という言葉が気にかかります。というのは「学校や教師には懲戒権がある」などという言葉が横行しているからです。
 もう一度、広辞苑をひいてみます。
 懲戒:①こらしめいましめること。こらしめ。②不正または不当な行為に対して、制裁を加えること、とあります。
 確かに、教育の場にあっても懲戒、つまり不正・不当な行為をこらしめることが必要な場合はあるでしょう。
 しかし、これまで報道されてきた教師の「体罰」なるものが「不正・不当な行為」に起因しているとはとても考えられません。
 ボクは懲戒権の乱用は「暴力」と表現して差し支えないと考えるのですが、どうでしょうか。

 ひるがえって、学校教育法施行規則を読んでみます。
 第十三条〔懲戒〕① 校長及び教員が児童等に懲戒を加えるに当っては、児童等の心身の発達に応ずる等教育上必要な配慮をしなければならない。

 「教育上必要な配慮」の中に「たたく、殴る、蹴る」も入るのでしょうか。疑問です。
                           <続く>