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 昨日、政府が「主権回復の日」式典を開き、沖縄では「屈辱の日」大会が行われました。
 ボクが高校1年生の時、「第二次安保条約」の改定が行われ、直接の街頭行動にはなかなか参加しなかったものの、戦後日本の歴史を必死に勉強したことを思い出します。
 以来、4月28日はいわゆる「サンフランシスコ『平和』条約」なるものの「発効」の日。沖縄・小笠原のみならず、千島全体にもかかわる国民的な「屈辱」とも呼ぶべき「体制」がここから始まった日と認識してきました。
 正式名称は「日本国との平和条約」ですが、アメリカの主導のもとに結ばれたこの条約は全面的な「戦後処理」をおこなうものとはならず、国連加盟国全体の支持を得ることができませんでした。
 一方では、この条約締結と同時に「日米安保条約」が結ばれ、あれよあれよと言う間に「警察予備隊」「保安隊」「自衛隊」へと再軍備の道が開かれていったのです。
 '51年当時は沖縄、小笠原、奄美群島などもアメリカの施政権のもとに置かれていましたが「第二次安保」締結後の'68年小笠原等が復帰。しかし、72年「日米沖縄協定」後も沖縄は今日のような状態に置かれ続けたのでした。
 正に「屈辱の日」と位置づけるべき日が4月28日だったわけです。
 学生時代、沖縄から来た後輩の学友はパスポートを持っていました。この学友が「沖縄・小笠原返還同盟」に加入したとき「これで当分、沖縄には帰れんなぁ!」と呟いていました。つい先日のことのように鮮烈な記憶です。
  
 憲法改悪の地ならし?天皇の「式典出席」
 
 もう一点、ボクが気にかかったのは天皇の式典への出席です。
 この間、体調不良のせいもあって外出せず、自民党の「憲法改正草案」を読み耽りました。
 憲法第7条は天皇の「国事行為」について「内閣の助言と承認」により、「国民のために」10項目の「国事に関する行為を行ふ」と定めています。
 その10項めに「儀式を行ふ」という項目がありますが、今回の「式典」がこの「儀式」に該当するとは到底考えられません。明らかに安倍内閣による天皇の政治的利用が疑われます。
 自由民主党が昨年4月27日(!)に決定した「憲法改正草案」ではどうなっているのでしょう?
 天皇への「内閣の助言と承認」という言葉遣いは「畏れ多い」というわけで「進言」という言葉に変えるとともに、「国事行為」とは別に「公的行為」という「第6条 5」をつけ加えています。
 「(国事行為のほか)天皇は、国または地方自治体その他の公共団体が主催する式典への出席その他の公的行為を行う」というものです。
 この点について自民党の「Q&A」は「公的な性格を持つ(天皇の)行為は、現行憲法上何ら位置付けがなされていない」ことを認めています。
 そして今回「憲法上明確な規定を設ける」ことについて「一部の政党は、国事行為以外の天皇の行為は違憲であると主張し、天皇の御臨席を仰いで行われる国会の開会式にいまだに出席していません。天皇の公的行為を憲法上明確に規定することにより、こうした議論を結着させることになります」と、その政治的意図をあけすけに述べています。
 一方で天皇を「元首」と持ち上げ、他方でその「公的行為」を「国」ばかりか「地方自治体その他の公共団体」の「式典」にまで広げ、むき出しの「政治的利用」をはかる。
 その先例としての今回の「天皇」の出席だった!
 これが今回、天皇が式典に出席する下地にあったとすれば由々しき事態と言うべきではないでしょうか?
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 これが最終回だそうです。
 いちいち納得できる「珠玉!」とも言うべき言葉の数々…!
 引用は避けますけれど、ぜひ味読ください。
 手前ミソながら、いい人を応援しているなぁ…と実感しています。
 最終回はこれです。(クリック)

   *ボク自身はもう少しお休み(療養?)します。
先週金曜日の夜、風邪をひいたらしく絶不調に!
土曜日は午前も、午後も約束の会合があったのでムリして参加。
日曜日はダウン。
月曜日にかかりつけ医で風邪と診断、念のため血液採血。
火曜日に血液検査の結果、腸炎併発とのことで点滴。
水曜日も、今日も点滴。
この間、ボクにしては高熱の7度1分。
今日は少し落ち着いて6度5〜6分(ボクの平熱は5度8分くらい)。
この分では、連休突入までにやっと回復できるかどうか?
かかりつけ医は「連休までには回復をめざしている」と激励してくれるが…。
この間、隔日勤務も返上、休んだまま…。

そんなわけで、たまるメールやブログ、パソコンにごぶさたが続く。
書きたいことは日々募るが、しばらく休憩。
回復、アップまで、しばらくお待ちください。
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今回は少し立ち入ったお話で、読みがいがあります。
どうぞ!(クリック)

     *この連載は終わるまで続けます。お楽しみに…!
 昨日、富田林民報4月号が届きました。
 3月議会の報告です。その中にここ数年共産党の議員団が求めている、市民生活の状況を窺わせる興統計の最新資料がが掲載されています。とても興味深いのでここにアップしてみようと思います。
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 この画像では読みにくいかも知れませんがガマンしておつき合いください。

 先ず、左の棒グラフは「給与所得者の収入段階別調べ」です。
 2001年度から2012年度にかけていわゆる低所得者が急増していることが分かります。
 この間、全体の一人あたりの収入は82万4千円も減りました。年収300万円以下の人は25.7%から36.5%へと激増しています。500万円以下の人が5割台から6割台に増えました。
 年収1000万円超の人の数はかなり減っていますが、2000万円超の人の平均増収は290万円にのぼります。
 これは何を意味するのでしょうか?
 中間層が減って、低所得層が増える。少数の高額所得者はさらに収入が増える。ハッキリとした階層分解の過程にあることが読み取れます。貧乏人はさらに貧乏に、金持ちはさらに金持ちにというわけです。

 国民健康保険料や介護保険料の基準額はうなぎ上りに上がり続けています。
 就学援助は子どもの数は減っているのに受給者は増え続け、援助率は3割をこえました。ここでも義務教育を受けさせている保護者、家庭の深刻な貧困化が窺えます。
 年間の子どもの出生数はとうとう1000人を切り、800人台になってしまいました。

 安心して暮らせる収入の確保、子育てや医療、教育への行政的な援助の強化がなければ、この街も先細りになってしまう…。そんな深刻な不安をしみじみと感じさせる統計です。
 皆さんの街ではどうなのでしょう?
 ボクが最初に春野さんの存在に気づいたのはmichikoさんのブログを通じてでした。
 初期にはサイン本を送っていただいたり、このブログに「松本春野さん!勝手に応援団!」のカテゴリーを設定したりしました。
 一人の独立した作家として温かく見守りたいと考えたからです。
 その後、春野さんは多方面で活躍され、ブログやfacebookでも興味深い情報を発信。れうれしく思っています。
 彼女はまだお若いのでこれからもますます活躍されるだろうと期待しています。

 今回はその春野さんのインタビューです。
 インタビュアーの尹雄大さんが公式ウェブサイトにアップされたそうです。
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 ぜひお読みください。(クリック)

*右欄の外部リンクからはどういうわけか、春野さんの最近のブログが読めません。
 ぜひこちらから訪問してください。(クリック)
この曲をこんな風にアレンジできるんだ!
素直に感動できました。
聞いてください。

まず歌詞を味わってみませんか?

「五番街のマリーへ」        阿久悠作詞・都倉俊一作曲

五番街へ行ったならば マリーの家へ行き
どんな暮ししているのか 見て来てほしい
五番街は古い街で 昔からの人が
きっと住んでいると思う たずねて欲しい
マリーという娘と 遠い昔に暮らし
悲しい思いをさせた それだけが気がかり
五番街でうわさを聞いて もしも嫁に行って
今がとても幸せなら 寄らずにほしい

五番街へ行ったならば マリーの家へ行き
どんな暮ししているのか 見て来てほしい
五番街で住んだ頃は 長い髪をしてた
かわいマリー今はどうか 知らせてほしい
マリーという娘と 遠い昔に暮らし
悲しい思いをさせた それだけが気がかり
五番街は近いけれど とても遠いところ
悪いけれどそんな思い 察してほしい


そのうえでこの演奏に耳を傾けたい…。
五番街のマリーへ ロンドン交響楽団の演奏(クリック)

ボクはこの「歌」に初めて接したとき、なるほど…!とは思ったものの「いい歌」とは思いかねたのです。
そこはかとないやるせなさ、もの憂さ、優しさ…、追憶…。
「離別」 その狂おしさ… 年月を経た今もなお…
単に「別れた」のか、「捨てた」のか、「捨てられた」のか…
なかなかロマンティックですよね?

でもそこに…、どことなく男の身勝手さ…、そのセンチメンタリズムが漂っているような気がします。
後ろめたそうですよね!この男!
きつく言えば男の「ずるさ」、そこに「ロマン」があるみたいな…。
主として、女性が(ちあきなおみさんとか…)歌ってくれたのが、それに拍車をかける。

このオーケストラ演奏はそんな雑念を振り払い「音楽」、「曲」としての素晴らしさを聴かせてくれている、と思うのです。
いわば、この演奏にであって救われているわけでしょう。
だから「名演奏」と言いたいのです。

<追伸>
二人の方から問い合わせがありました。
一つは、ロンドン交響楽団の演奏が聞けない、ということです。これではどうでしょうか?
http://www.youtube.com/watch?v=NreaNNLEPhA
 *コピーして、バーに貼り付けてみてください。

もう一つは、ちあきなおみさんの歌だったのですか?というもの。
そうなんですが…。
つい先日までyoutubeで見られたのにコロンビアに制限され、見られなくなっててしまいました。
 *探してみると、ニコニコ動画で聞けますが、アカウントの登録が必要なようです。
 *なおも探すとfacebookにアップしている方がいました。
 画像も音質もこれが良さそう(クリック)です。
 3月12日、大阪で「管野スガを顕彰し名誉回復を求める会」の結成総会が開かれ、116人もの人の参加で大成功しました。ボクもその事務局の一隅に身を置くハメになりました(その動向については別途、ブログなどを立ちあげるべきではないのかなぁ?と思案し、後日事務局会議などでも提案するつもりです)。
 大逆事件と管野スガについては語るべき、研究すべき課題は多々あるように感じるので、ボクなりに、きちんと整理しなければいけないとは思っています。
 が、それは追い追いのことにして、とりあえず分かりやすい概説をみつけたので、ここにも転載・記録しておきたいと思います。
 大阪日々新聞が2005年に掲載した「 なにわ人物伝 -光彩を放つ-」という三善貞司氏の筆になる6回の連載です。
 一挙にアップしますが、ぼちぼちお読みくださればよいと思います(それぞれ、クリックしてお読みください)

 管野 スガ (1) 女性解放運動の先駆者
 管野 スガ (2) 宇田川文海により文才発掘
 管野 スガ (3) 軍人の権力や横暴ぶり批判
 管野 スガ (4) 「赤旗事件」で検挙、屈辱
 管野 スガ (5) 秋水の「平民社」に参加
 管野 スガ (6) 華やかな服装で出廷、話題に
 昨日、25,000アクセスを突破しました。現在の記録では25,073となっています。
 3月の累計は2,461アクセスでした。100アクセス以上の日が5日あります。訪問頂いた方は858人となっています。
 で、やっぱりアクセスのトップは「腹は立てずに…」ですねぇ…!
 驚きます。
 きっかけは某紙に一年間連載した「地方政治の基礎用語」。惜しいと思ってこのブログを始めたことからでした。でも、その後は、迷走ばかりしていますねぇ。
 最近は、書きたいことが幾つもありすぎてどこから手をつけようか、迷う日々です。

 とりあえず、報告とこの間アクセスいただいた皆さんへの感謝をこめて…。