<   2013年 12月 ( 12 )   > この月の画像一覧

 このコメントをアップしておかなければ、気がかりでどうにも年を越せないという思いがするのが、東京オリンピックのことです。
 来年からは少し装いを変えて書き続けようとは思っているのですが、このくだりを記しておかねば先へ進めません。

 それは国際オリンピック委員会(IOC)総会・プレゼンでの安倍首相の発言のことです。
 安倍首相はプレゼンで次のような発言をしました。
 「福島について案じている向きには、私から保証をいたします。状況はコントロールされている」
 「汚染水による影響は港湾内の0.3平方㎞の範囲内で完全にブロックされている」

 この発言は事実上「国際公約」と受けとめられました。この発言がが「評価」され、東京への招致を決める有力な手がかりになったことは明白です。
 問題はこの発言が虚偽にまみれたものであったことです。
 東電の技術顧問は直後に「いまの状態はコントロールできていない」と明言しました。菅義偉官房長官も「水は当然(港湾内と外洋とを)行き来している」と認めました。
 その後も、汚染水漏れのトラブルは続発しています。外洋への流出も明らか、「ブロック」どころか制御不能というのが実態です。
 つまり、安倍首相は誇大なウソをついて「東京への招致」を「成功」させたのです。しかもその後も、この発言を実行し、裏打ちする誠意ある努力をしているとはとても見えません。
 ボクは当時、フェイスブックにこんな画像をアップしておきました。
 
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 ここ2ヵ月余、「軍国主義者と呼ぶなら呼べ」と豪語し、日本版NSCを発足させ、特定秘密保護法を強行、武器禁輸3原則の逸脱、靖国参拝と続けてきた、安倍首相の一連の発言と行動を見るならば、とても危なっかしいものを感じないワケにはいきません。
 それは、安倍首相がオリンピックを国威発揚・ナショナリズム昂揚のために悪用するのではないか、という疑念です。
 国際公約にも反し、スポーツの根本理念をも蹂躙するような東京オリンピックへの変質は断じて許されません。国民的な監視がどうしても必要だと思うのです。

 *冒頭に書いたとおり、このシリーズは一旦措いて別の形で折々に書き続けます*
 
 
 来年は70歳! 
 手元のメモにはアップしたいことが幾つも書いてあります。
 例えば、「連合国における終戦準備と日本の『敗戦』に至る経過」「一旦合併した市町村を元にもどすことは可能か」「安倍首相の靖国参拝と日本の行方」「オールドリベラルと『良識ある社会民主主義者』の今日」「二元代表制と議院内閣制ー安倍首相の『暴走』のこと」。
 さらにPCのデスクトップには「日野原さんの子どもたちへのメッセージ」「東京オリンピックと安倍首相」「原子力発電所と核分裂、核融合」「添田唖然坊とちんどんや」「維新は異心…大阪と東京」「ケイシュガーさんのブログ作成」「管野須賀子のブログ作成」etc。
 ようやく、冬休みに入れた、とはいうもののなかなか手がつけられません。邪心が多すぎるのかな?歳のせいかな?来年の夏には70歳になるのです。

 数年前に「致仕」という言葉に出会いました
 60歳の停年を過ぎて半年位のとき、「こんな仕事をしないか?」と声をかけられ、週3日今の仕事に出かけるようになりました。数年限りの「腰掛け」という安易な気持があったかも知れません。でも、それなりに大事な仕事だとも思い続けてきました。
 65歳を過ぎ「そろそろ進退を考えなくては…」と思い始めた頃に「致仕」という言葉に出会いました。
 広辞苑には「①官職を辞すること。辞任・致録。②70歳の異称。致事」とあります。これだけではもの足りないので、さらに調べてみると、70歳をあらわす言葉のいろいろが分かりました。
 一番馴染み深いのは「古稀」、古来稀なりです。「従心」「懸車」「致仕」という言葉もありました。
 「致仕」というのは70歳になれば、官職を辞し後進に道を譲るということのようです。いくら何でも70歳を越えて居座るなということでしょう。逆に、70歳までは頑張れ!ということなのかも知れません。
 この間、何度か口に出して、時には文書も書いて退職・辞職を申し出ましたが、本気で後釜を探してくれる気配のないまま、ボクも何となく「70歳までは頑張れるかな?」なんて自問もしつつ、とうとう今日まで来てしまいました。

 骸骨を乞う
 しかし、どうやら時は来たようです。今夏、「この道50年。来年は70歳。もう辞めさせて欲しい」と申し出たところ、後釜はともかく、快諾してもらえました。来年には早ければ2〜3月、遅くとも誕生月の直前7月一杯で、ホントの退職ができそうです。嬉しくてホッとしています。
 そんな時、今度は「骸骨を乞う」という言葉に出会いました。浅学を恥じつつ、この言葉の意味に深く感じるところがあります。
 「故事ことわざ辞典」から見つかった言葉です。
 そこには、「役人が退官・辞職を願い出ること」とあり、注釈に「昔は仕官することは臣下として主君にからだを捧げることだったので、職を辞するときには、骸骨同然となった無用なこのからだをお返し頂きたい、と乞うたことから…」と書かれており、「中国楚の参謀笵増が項羽に『願わくは骸骨を賜いて卒伍に帰せん』と願い出た故事」が紹介されています。「卒伍」というのは一兵卒のことです。
 「臣下」とか「主君」というのは頂けない言葉ですが、「歴史の主人公は人民大衆である」とか「報いられることなき献身」とかいう言葉に意気を感じた青春時代からのことを思えば、「願わくは骸骨を賜いて卒伍に帰せん」という言い回しに納得できる自分がいるのも事実です。
 
 そんな転機の気配を体感しつつ、この年の瀬をやや無為に過ごしています。
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 ボクは数年前から「憲法第3章 国民の権利及び義務」の各条項について以下のような分類を試みてきました。
 一つは「国民」と明示した条項、二つ目に「すべて国民は」と説いている条項、三つ目は「何人も」と書き起こしている条項、4つめに「国民」とも「何人も」とも書かずに明記されている条項、その他の2条です。
 念のためにその各条項をあげておきます。

 < 「国民」と明示した条項 >
第十条  日本国民たる要件は、法律でこれを定める。
第十一条 国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。
第十二条 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。
第十五条 公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である。
○2 すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない。
○3 公務員の選挙については、成年者による普通選挙を保障する。
○4 すべて選挙における投票の秘密は、これを侵してはならない。選挙人は、その選択に関し公的にも私的にも責任を問はれない。
第三十条 国民は、法律の定めるところにより、納税の義務を負ふ。
 < 「すべて国民は」と説いている条項 >
第十三条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
第十四条 すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。
○2 華族その他の貴族の制度は、これを認めない。
○3 栄誉、勲章その他の栄典の授与は、いかなる特権も伴はない。栄典の授与は、現にこれを有し、又は将来これを受ける者の一代に限り、その効力を有する。
第二十五条 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
○2 国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。
第二十六条 すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。
○2 すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。義務教育は、これを無償とする。
第二十七条 すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負ふ。
○2 賃金、就業時間、休息その他の勤労条件に関する基準は、法律でこれを定める。
○3 児童は、これを酷使してはならない。
 < 「何人も」と書き起こしている条項 >
第十六条 何人も、損害の救済、公務員の罷免、法律、命令又は規則の制定、廃止又は改正その他の事項に関し、平穏に請願する権利を有し、何人も、かかる請願をしたためにいかなる差別待遇も受けない。
第十七条 何人も、公務員の不法行為により、損害を受けたときは、法律の定めるところにより、国又は公共団体に、その賠償を求めることができる。
第十八条 何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない。又、犯罪に因る処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服させられない。
第二十条 信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。
○2 何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。
○3 国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。
第二十二条 何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。
○2 何人も、外国に移住し、又は国籍を離脱する自由を侵されない。
第三十一条 何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。
第三十二条 何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪はれない。
第三十三条 何人も、現行犯として逮捕される場合を除いては、権限を有する司法官憲が発し、且つ理由となつてゐる犯罪を明示する令状によらなければ、逮捕されない。
第三十四条 何人も、理由を直ちに告げられ、且つ、直ちに弁護人に依頼する権利を与へられなければ、抑留又は拘禁されない。又、何人も、正当な理由がなければ、拘禁されず、要求があれば、その理由は、直ちに本人及びその弁護人の出席する公開の法廷で示されなければならない。
第三十五条 何人も、その住居、書類及び所持品について、侵入、捜索及び押収を受けることのない権利は、第三十三条の場合を除いては、正当な理由に基いて発せられ、且つ捜索する場所及び押収する物を明示する令状がなければ、侵されない。
○2 捜索又は押収は、権限を有する司法官憲が発する各別の令状により、これを行ふ。
第三十八条 何人も、自己に不利益な供述を強要されない。
○2 強制、拷問若しくは脅迫による自白又は不当に長く抑留若しくは拘禁された後の自白は、これを証拠とすることができない。
○3 何人も、自己に不利益な唯一の証拠が本人の自白である場合には、有罪とされ、又は刑罰を科せられない。
第三十九条 何人も、実行の時に適法であつた行為又は既に無罪とされた行為については、刑事上の責任を問はれない。又、同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問はれない。
第四十条 何人も、抑留又は拘禁された後、無罪の裁判を受けたときは、法律の定めるところにより、国にその補償を求めることができる。
 < 「国民」とも「何人も」とも書かずに明記されている条項 >
第十九条 思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。
第二十一条 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。
○2 検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。
第二十三条 学問の自由は、これを保障する。
第二十八条 勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利は、これを保障する。
第二十九条 財産権は、これを侵してはならない。
○2 財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める。
○3 私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用ひることができる。
第三十六条 公務員による拷問及び残虐な刑罰は、絶対にこれを禁ずる。
 < その他の条項 >
(婚姻)
第二十四条 婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。
○2 配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。
(刑事被告人)
第三十七条 すべて刑事事件においては、被告人は、公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利を有する。
○2 刑事被告人は、すべての証人に対して審問する機会を充分に与へられ、又、公費で自己のために強制的手続により証人を求める権利を有する。
○3 刑事被告人は、いかなる場合にも、資格を有する弁護人を依頼することができる。被告人が自らこれを依頼することができないときは、国でこれを附する。

 ボクはこの分類をしてみて、とても意義のある諸条項だなぁと改めて考え込みました。
 「国民」の権利、「すべて」の国民の権利を強調する意味、「何人も」という言葉には「国民」に限らない(つまり、外国人を含む)権利が明記されており、「人」を特定しない条項には「国の責務」がくっきりと現れています。つまり、「国(国家権力)の手を縛っている」のです。
 「婚姻」「刑事被告人」の項も然りです。
 でも、この分類をここにアップするのは永らく控えていました。というのは、「これは言葉のあやに過ぎない」「あえて分類する必要はない」という専門家(らしい?方)がおられるのに気づいたからです。
 でも、やっぱり気になるので、英訳を引っ張りだして見ました。
 英語では「国民」はThe peole、「すべて国民」はAll of the peole、「何人も」はEvery peorsonと見事に書き分けられ、「人」の特定されていない条項は、正に普遍の原理として明記されています。
 こうしてみると、改めて日本国憲法の格調の高さ、その意義が鮮明になるのではないでしょうか。
 というわけで、数年越しに自分なりの確信をもって、ここにアップした次第です。
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 義兄が生前とても愛用していたペンをもらってきた。
 何度か見せてもらう機会はあったが、丁寧に扱っていることがよく分かっていたので、書き味を試させてもらうことはしなかった。
 そのペンをもらってきたのだから、自分の手で書き味を試してみたい。
 しばらく使っていなかったのでインクが固まっているようだ。念のため超音波洗浄機で洗い、一晩寝かせてからインクを注入。へたくそな字であることは重々承知のうえで、さっと書いてみたのがこれだ。
 商品のキャッチコピーのようになってしまったが、まぁいいだろう。
     *   *   *   *
 続けて、兄の市議時代のユーモアとペーソスの入りまじった思い出話、二題も書いてみた。生前何度も話題にのぼらせたことのある話題なので、これもスラスラ書けた。
鉄砲かついで
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タンサンって電池のことか
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 義兄の逝去(4日)、通夜式(5日)、告別式(6日)と慌ただしく過ごしている間に、国会では「特定秘密保護法」がバタバタと成立してしまった。刻々の動きを知らぬ間に過ごしてしまったことに悔しい思いが募る。自民型・安倍型政治の「終わりの始まり」と決意を新たにするものの、拍子抜けの感は否めない。
 思い起こせば、60年安保の時代、青年・学生たちの多くはその挫折感や焦燥感のとりこになってあらぬ道へ転げ込んだ。ボクの同世代人のかなりの部分だった。ボクらは歯を食いしばって、その悲観的な心象をこえるためにがんばってきたと言えると思う。今度ばかりはその轍を繰り返してはならない。あくまで廃案をめざし、悪法の執行を食い止めるまで、ねばり強い運動が必要だ。
 そんな時に掲載された昨日の朝日新聞の二つの記事の意味は重い。

 一つはあえて一読者として投稿された作家森村誠一氏の「声」だ。
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 もう一つは、「紙面審議会委員」の中島岳志氏の「紙面批評」だ。
 同氏は「特定秘密保護法案」に対する朝日新聞の報道を「一貫した的確な報道」と評価しつつも、「『決められる政治』を後押しし、『スピード感』を重視してきたメディア全体の責任」を問い、「補完勢力化進む公明党」との的確な批判を肯定しつつ「遅すぎた」と論じる。また、「法案・条文解説」が「問題点をかりやすくした」ものの「やはり掲載のタイミングが遅すぎる」とし、「結果的に強行採決を許すことになった」報道ぶりの検証をせまっている。
 同氏は朝日新聞について「よく法案を研究し、健闘したと思う。しかし、タイミングが遅く、庶民の実感に手が届かなかった。この一連のプロセスを検証し、前に進んでほしい」と結ぶ。
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 巷間では「治安維持法に匹敵する弾圧立法だ」「憲法の諸条項を蹂躙する悪法だ」「廃棄するしかない」「日本を戦争する国にさせるな」の声がやまない。意気消沈するどころではない。
 その声に大きな励ましを与えるお二人の「声」であり、「批評」であると受けとめた次第だ。
今朝、叔父からの贈りものが届きました。
送り主の名前には「太陽」とあります。叔父の名前ではありません。
封をあけると熨斗に「祝 禁酒」とあって、芋焼酎の壜です。
叔父独特のユーモアで、葬儀委員長をつとめたボクの労をねぎらってくれているのでしょう。
明日、お礼の手紙を郵送します。
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 12月4日14:47に敬愛する義兄が逝きました。ず〜っと以前から冗談とも本気ともつかぬ(多分本気)の約束、「俺が死んだら葬儀委員長はちゃ〜ちゃんにやってもらう」がありましたので、極自然にボクが葬儀委員長ということになりました。
 大勢の方々に参列頂き、生前からの本人の希望、喪主である義姉、娘二人の希望に添った通夜式、告別式ができたのではないかと思っています。

 式の進行とボクの挨拶の概要を記しておきたいと思います。
 先ず、開式と黙祷に続いて、義兄、義姉の金婚式に際して創られたDVDの上映、葬儀委員長の挨拶、友人たちの弔辞、献花、喪主のお礼・閉式の挨拶という順です。
 通夜式では、生前ゆかりの美代ちゃん、順子ちゃん、ダバさんに、告別式ではマルちゃん、ヒロコさん、満子さん、一宏氏、奥田議員に弔辞を頂きました。
 それぞれが折り目折り目に義兄と苦楽をともにし、励まされつつ生きぬいてきた思い出を生き生きと語られ、その話の節々に参列者も追悼の思いを重ねあって聞ける貴重な内容でした。
 通夜式や告別式でなければ、拍手を送りたいような貴重で、ありがたい言葉の数々に思わず涙します。
 
 ボクの挨拶はまとまった原稿があるわけでなく、取りとめないものですがここに触れておきたいことが2〜3あるのです。

 義兄が厳しい闘病の時を過ごしつつ今正に逝かんとしている時、身近な方々にお知らせしなければという思いが去来したのですが、既に意識ももうろうとし始めていることを勘案し、お知らせできなかったことをお詫びします。
 義兄の来し方を思うに万感胸にせまるものがあります。義兄は1931年8月25日、満州事変の直前に生まれ、少年時代は戦争真っ直中の日々でありました。戦後は終戦のどさくさのなか、旧制中学に入学し新制高校を卒業しております。
 戦中、戦後の体験を経てきた義兄が「特定秘密保護法」をめぐる国会の様子を知れば本当に怒りに身を震わせるだろうと思います。 
 今は60歳、70歳になっている半世紀前の青年たちは、誰が本当の親族か分からぬ程に親しく接してもらい、誰もが一様に”兄ちゃん”と呼びならわしておりました。
 20年前の胃の全摘、今回直接の原因となった病気にも負けず、その闘病の様子をも義兄らしい独特のユーモアにつつんで、「病を遊ぶ」、「遊病日誌」と名づけ克明に記録、楽しんでいる風ですらありました。
 しかし、最近には「オオカミ少年みたいやなぁ。来るぞ、来るぞと言いながら、なかなか逝かれへん」などとこぼすこともあるようになっておりました。
 別段「今か今か」と待っていたわけではありませんが、とうとうこの日がやって参りました。
 義兄の死を悼み、義姉や二人の娘たちへの思いやりのこもったお別れの場にしていただきますよう心からお願い致します。
 なお、ご覧のように式は無宗教で行いますが、これは宗教を拒むというものではございません。それぞれの皆さんの宗教、宗派、信条にのっとって皆さんなりの追悼をお願いしたいと思います。
 本日はご参列、本当にありがとうございます。

 義兄の逝去、通夜、告別の諸事を終えて、7日そして今日、読み残した新聞などに目を通すと、特定秘密保護法をめぐる事態の異常さに体が震えるような怒りを覚えます。
 「終わりの始まり」という力強い言葉に新たな決意も湧いてきます。