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 FBに紹介されていました。面白いので拝借してきました。
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 で、ボクから茶化しの一句を… 
    シルバーの 詠む川柳は ドジばかり                               (^。^)ニヤリ

b0142158_12353323.jpg 5月21日、福井地裁は大飯原発3,4号機の稼働を認めない画期的な判決を下しました。
 司法は生きていたとはなんと感動的な言葉でしょうか。

 あれこれの報道で判決のおよそのことは分かりましたが、ボクの性分でどうしても本文・全文を読みたく、探し回ってフェイスブックのノートに記録しておきました。
 全体では100ページをこえるものでしたが、よく納得できる、ある意味感動的なものでした。興味と時間のある方はぜひお読みになってください。
関西電力大飯原発3,4号機運転差止め訴訟 福井地裁判決謄本(クリック)

b0142158_12542074.jpg この件に関してはさすがに地元らしく、福井新聞が丁寧に、かなり詳しく報道していました。    その報道内容は次のようです。
 大飯原発差し止め訴訟の判決要旨 危険性が万が一でもあれば(クリック)

b0142158_1333596.gif ボクは三木利博という人のことは知らないのですが、この記名解説は参考になると思いました。       
 大飯再稼動差し止め 原発の本質的危険認める(クリック)

真面目に対応しているとは言い難い関電の態度

 関電は裁判の途中でもしばしば資料の提出を怠るなど、不真面目な対応が批判され続けてきました。
 21日の判決の日も、「被告たる関電の当事者が出席しなかった」と多くの傍聴者が抗議していることが報道されていました。信じられないような話ではありませんか。
 そして、22日には控訴したというのですが、果たして判決文をちゃんと読んで控訴したのかどうか、疑わしいものです。
 どんな論理で控訴するというのでしょうか。探し回ってもまともな報道がありません。
 で、関電のホームページを探して見ました。「お知らせ」がありましたがバカらしくなってしまいました。ご覧ください。
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 「当社の主張がご理解頂けなかったのは遺憾」、「控訴審で安全性を主張していく」という木で鼻をくくったような「お知らせ」です。

 だから、ボクは断固として
   関電の控訴に抗議する
                 ことにしたのです。
 最近、どなたが紹介するのか、ボクのところに川柳と俳句はどう違うのか、実作のコツを教えて欲しいなどの要請がくることがあります。ボクは「物好きでやっているだけなので…」と辞退するのですが、巻き込まれてしまいます。
 この度も、「地元の年金者組合の機関紙に川柳を」と声がかかり、今月からしばらくおつきあいすることになりました。その第1回分です。
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メーデーの主役
  この頃年金者

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* 今日はPCの具合が悪いのか、その他の原因なのか分かりませんが、WORDが正常に機能せず、何度も不具合が生じたため、こんなヘンなアップの仕方になってしまいました。 m(__)m  *
 解釈改憲=「集団的自衛権行使」をめぐる動きが急です。
 憲法第9条のどこに日本の武力行使を認める「余地」があるというのでしょうか。
 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

 安倍心臓氏はこの憲法を勝手に「解釈」し、集団的自衛権の行使に踏み込もうとしています。「憲法解釈の変更」などと言いますが、事実上の改憲にほかなりません。
 政府の「基本的な方向性」なるものの本文が明らかでないのはじれったいですが、マスコミ報道の端々を見るだけでも、応戦、迎撃、武器使用などきな臭い言葉が並びます。
 まさに海外で戦争する国、日本の姿にほかなりません。世論の批判はおおいに盛りあがっています。
 で、ここに来て公明党の態度に注目が集まっています。ムリもありません。公明党は、もともと集団的自衛権の行使に明確に反対してきたからです。テレビではこんな画像が流れたこともありました。
 
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 強まる批判を向こうにまわして、安倍氏は強気に出ようとしています。ただし、連立与党である公明党への懐柔策は忘れません。顔を立てるというわけです。
 当初計画していた「政府方針」という用語を「基本的な方向性」と改めるのもその一環だそうです。公明党を得心させるために、当初の文言にはなかった新たな事例をつけ加えるとも報道されています。
 その「新事例」には朝鮮半島有事離島に上陸した武装集団など、もっともらしい表現が盛り込まれるようです。しかし、これは逆ではありませんか。そんな時こそ、紛争の軍事的解決を極力避けて、徹底的に平和的な話し合いでの解決の道を探るべき時ではないのでしょうか。好戦的対処はお断りです。
 
 安倍自民はどう出るのでしょうか。山口・公明はどう対処するのでしょうか。これまでの長い経過から、ボクは公明党の出方にあまり期待はしていません。が、事が事だけに、今回くらいはきっぱりしてもらいたいという思いはするのです。支持母体である創価学会に「妥協するな」の声が強いとか、「実働部隊である婦人部」を中心に反発が強いとも言われます。
 安倍氏は「最後は公明は折れる」と読んでおり、山口氏は「政策的な違いで(連立)離脱は考えられない」と手の内を明かしてしまっているという報道は何を意味するのでしょうか。

 公明を釣り上げるエサ新事例 自民
 連立のうま味に酔うて千鳥足 公明
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 先ほど、このブログのレポートを見ると全体の訪問者数が60,000人を突破していることが分かりました。
 思えばこの2月4日に、40,000人突破を報告(クリック)したばかりです。
 訪問して頂く方が激増しているのは光栄のかぎりです。
 ありがとうございます。

 中でも、ランドセル俳人・小林凜くんの件は、テレビ放映の影響のあってか、アクセス数は最高を記録していました。

 これからもボチボチ書きためたいと思います。
 よろしくおつきあいください。       ちゃ〜ちゃん・敬白
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 今日、所用を終え千早赤阪村から帰宅の途中、カーラジオでNHKのニュースを耳にした。震災関連死についての報道だった。帰宅して報道の内容を確認してみた。以下の内容だ。

 東日本大震災の震災関連死 3000人超える  

b0142158_8263938.jpg 東日本大震災と原発事故による避難生活で、体調が悪化するなどして亡くなったいわゆる「震災関連死」について、NHKがことし3月末時点でまとめたところ、10の都県で3000人を超え、福島県では津波など震災の直接の影響で亡くなった人の数を上回っています。
 NHKがことし3月末時点の震災関連死についてそれぞれの自治体を取材してまとめたところ、
   ▽福島県が1691人、
   ▽宮城県が889人、
   ▽岩手県が441人、
   ▽茨城県が41人、
   ▽千葉県が4人、
   ▽神奈川県と長野県がそれぞれ3人、
   ▽山形県が2人、
   ▽東京都と埼玉県がそれぞれ1人
で、
合わせて少なくとも3076人に上っています。

 復興庁のまとめによりますと、去年の同じ時期には2688人で、この1年間で388人増えました。
 自治体別では、
   ▽福島県南相馬市が447人と最も多く、
 次いで、
   ▽福島県浪江町が320人、
   ▽仙台市が258人、
   ▽宮城県石巻市が253人、
   ▽福島県富岡町が237人
などとなっています。
 全体の半数以上を占める福島県では、津波や地震など震災の直接の影響で死亡した人の数を88人上回り、長期化する避難生活の深刻さが浮き彫りになっています。

 震災関連死とはいったいどういうことなのか?
 念のためにひっぱってみた。
 知恵蔵miniの解説は一応うなづける。
 震災関連死 【しんさいかんれんし】
 建物の倒壊や火災、津波など地震による直接的な被害ではなく、その後の避難生活での体調悪化や過労など間接的な原因で死亡すること。

 では、政府・復興庁のこの定義はうなづけるか?
 「震災関連死の死者」とは、「東日本大震災による負傷の悪化等により亡くなられた方で、災害弔慰金の支給等に関する法律に基づき、当該災害弔慰金の支給対象となった方」と定義。(実際には支給されていない方も含む。)

 アンダーラインの所を注視したい。明らかに差異が読みとれる。
 NHKのニュースはこの「定義」のどちらに基づいて集計しているのか。実数はもっと多いのではないか。災害弔慰金を受け取れぬ「関連死の死者」はもっと多いのではないか。疑問はつきない。

 何よりも、あの大震災にもかかわらず「命拾いをした」方々が、3年もたってから今なお亡くなっていく。震災のゆえと片づけられるのだろうか?
 ボクは「政治の貧困による犠牲死」だと断罪したい。

 くわえて、「福島県では津波など震災の直接の影響で亡くなった人の数を上回っています」との浅薄な報道ぶりを糾弾したい。
 震災ではなく、「原発事故にともなう被害死」が反映していることは明々白々ではないのか。
 折角の調査にもかかわらず、NHKは原発事故に直言できなかった。「長期化する避難生活の深刻さ」などとお茶を濁した。その腰の引けた報道ぶりには率直で端的な批判をぶつけておきたい。
   パラドクスとは思えない保坂氏の論評!

 5月3日、憲法記念日に書き始めたこのシリーズのお終いに保坂氏の論評を掲げておきましょう。
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 *画像はクリックで拡大できます。適当なサイズになおしてお読みください*

 最近の安倍氏らの言動、9条改訂論、96条改訂論、集団的自衛権行使論etcについて、いわゆる革新サイドはおろか、改憲論者やかつての自民党の重鎮らが次々と批判と叱責の声をあげ、それが色々なメディアにもしばしば登場するのを目にするようになっています。
 その源流に護憲の流れが横たわっていることは間違いありません。
 間違いなく、護憲こそ国是というべきではないでしょうか。
 ボクもその流れの中に身を置いていることを誇りに思います。

 経済ではアベノミクス、外交と軍事ではアベタリズム、こんな暴走に歯止めをかける共同の輪をいっそう広げたいものです。
 探していると幣原氏の「外交50年」という本が見つかりました。

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 幣原氏自身の手による文章です。



*以下、それぞれの画像はクリックで拡大できます。適当なサイズになおしてお読みください*












  ▼ 該当のページもボーダーライン付きで紹介されています。
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 平野三郎氏の著作もありました。



















 これにもボーダーラインがつけられています。
 幣原氏の思考過程を表現したくだりです。
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 幣原氏が警戒していた松本氏のこと
 平野三郎氏の「報告文書」(前述)を良く読むと、重大なことに気づきます。そこには、こんなくだりがあるではありませんか。

 僕はマッカーサーに進言し、命令として出して貰うように決心したのだが、これは実に重大なことであって、一歩誤れば首相自らが国体と祖国の命運を売り渡す国賊行為の汚名を覚悟しなければならぬ。松本君にさえも打明けることの出来ないことである。したがって誰にも気づかれないようにマッカーサーに会わねばならぬ。

 この松本君というのは、松本烝治氏(まつもとじょうじ)のことです。彼は、幣原内閣の憲法担当国務大臣で、憲法問題調査委員会委員長を努めていました。一般に1946年(昭和21年)2月8日にGHQに提出した「憲法改正要綱」作成の中心となったとされています。
 詳述しませんが、この松本氏がマッカーサーの示唆(指示?)にあれこれと抵抗し、憲法の策定過程が混乱し続けました。
 結果、ボクなども業を煮やしたマッカーサーが「現憲法を押しつけた」痕跡かも…と思っていた程です。要するに松本氏は、手を変え品を変え憲法が今日の姿となることに最後まで抵抗した、立役者だったのです。
 幣原氏は、松本氏ら国体護持(旧天皇制の維持)とアジア・太平洋戦争への無反省の人々が「憲法改正」作業の中心にいることを深く懸念し、重大な決心をもって象徴天皇制(=国民主権)と戦争放棄(第9条)への道を突き進んだのでした。
 幣原氏の証言(平野氏の聴き取り文書)は、松本氏らの「抵抗」をもって「押しつけ憲法」と決めつけることの理不尽さを如実に示したのです。

 *この項を書くにあたって押しつけ憲法論に対する反論集(クリック)が大変参考になりました。敬意をもって紹介させていただきます*
 必読  幣原先生から聴取した
  戦争放棄条項等の生まれた事情について


b0142158_17222193.jpg 前回、日本国憲法の英語対訳のことをアップしました。
 すると「『押しつけ憲法』という人もいるので、その点を書いておく必要があるのでは?」とアドバイスをくれる人がありました。
 ボクとしては、近現代の天皇制と戦争への反省が明瞭だという構成から「言うまでもないこと」と思っていたのですが、指摘には一理あるとも思えます。
 で、確かこんな記録があったはず。と、探してきた記事をアップすることにしました。 ▲幣原喜重郎氏

 国会図書館に保存されている
  平野三郎氏の報告書(憲法調査会資料)


 この文書は最近あちこちでアップされるようになってきたので目にした方もあることでしょう。
 1964年(昭和39年)2月に憲法調査会事務局によって印刷に付され、調査会の参考資料として正式に採択された。いわゆる「平野文書」です。平野三郎氏は戦後首相として活躍していた幣原喜重郎氏の秘書官を務めていた人です。
 お読みいただくと分かりますが、同氏はこの報告書を提出するにいたった経過を次のように書いています。
 当時憲法調査会の会長であった高柳賢三氏(たかやなぎけんぞう)から憲法について「問題は、米国製か、日本製かということだが、幸い日本製だというマッカーサーの証言がある。しかし、アメリカの話である。どうしても日本側の証拠が必要だが、それがないので困っている。ついてはぜひ、あんたお願いします」というのであった。そこで、『幣原先生から聴取した戦争放棄条項等の生まれた事情について』という報告書を私は提出した。

 この聴き取りの席上、平野氏はこんな質問をしています。
 憲法は先生の独自の御判断で出来たものですか。一般に信じられているところは、マッカーサー元帥の命令の結果ということになっています。尤も草案は勧告という形で日本に提示された訳ですが、あの勧告に従わなければ天皇の身体も保証できないという恫喝があったのですから事実上命令に外ならなかったと思いますが。

 幣原氏の答えの核心はここでしょう。
 * 元来、第九条のようなことを日本側から言いだすようなことは出来るものではない。まして天皇の問題に至っては尚更である。この二つに密接にからみ合っていた。実に重大な段階にあった。
 * この情勢の中で、天皇の人間化と戦争放棄を同時に提案することを僕は考えた訳である。
 * この構想は天皇制を存続すると共に第九条を実現する言わば一石二鳥の名案である。尤も天皇制存続と言ってもシムボルということになった訳だが僕はもともと天皇はそうあるべきものと思っていた。

 つまり、象徴天皇=国民主権戦争放棄=第9条は幣原氏の重大な決意のもとで、マッカーサーに向かって提案されたのです。

 この文書はあちこちから検索できますが、全体の経過や補足説明も丁寧なのでこれをアップすることにしました。ぜひお読みください。
「みんなの知識ちょっと便利帳』より(クリック)
 *この際、記しておきたい話題はもう少しあるのですが、次回に譲ります*