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 今日の「おはようニュース問答」に「130年前の秩父事件 知ってるかい」とのコラムが掲載された。
 秩父事件は要求も明確、役割分担は整然としており、規律も厳しく、その理念は「圧制を変じて良政に改め、自由の世界として人民を安楽ならしむべし」との言葉に象徴されるように大義に燃えたものであったと承知する。
 その秩父事件の「100年を記念して椋神社にたてられた記念碑」の写真が載っていた。が、碑文の全文は読みかねたので探してみた。
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  秩父事件百年の碑
 秩父困民党三千余名の農民が武州秩父郡下吉田村椋神社の境内に武装蜂起したのは、明治十七年(一八八四年)十一月一日のことである。
 その要求は負債据置年賦償還、村費軽減、小学校休校、雑収税減免の他徴兵令改正等であった。困民党は自らの体制を軍隊組織に編成し、私利、私恨、女犯への軍律は特に厳しかった。
 困民党軍は二日大宮郷に進出、革命本部を設け秩父盆地一帯を掌中におさめた。驚いた政府は急遽憲兵鎮台兵を派兵、その襲撃の中で困民党軍は九日信州八ケ岳山麓で潰滅するまで、果敢なたたかいを展開したのである。
 このたたかいの中で農民の意識はさらに昂揚し、圧制を変じて良政に改め自由の世界を出現させる信念は、益々強化されていった。自由民権期の変革思想が大地で斧や鍬を振るう人々を、必死の行動にかりたてるエネルギーとなったのである。
 秩父事件より百年、自由と民主主義が愈々重きをなす今日、私たちは、この運動の源流としての秩父事件を、切に思う。
 茲に、父祖たちの鎮魂と共に事績を顕らかにしその遺産を継承すべく記念碑を建て、自由への狼火が、わが秩父谷にあげられた証としたい。  
            昭和五十九 (一九八四) 年十一月一日
            秩父事件百周年吉田町記念事業推進委員会
            秩 父 事 件 顕 彰 運 動 実 行 委 員 会


 さらに、信州、南佐久郡北相木村の諏訪神社境内には「自由民権の雄叫び」という碑があると聞く。
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 こちらは全文の読めるものを探せなかった。が、「信濃毎日」の恰好の記事を見つけた。結びの一節がことに印象深い。

 <政治の主体として>
 敗れたとはいえ、明治維新から20年を経ない時期に、自由や平等、民主主義を求めて国家権力に立ち向かった人々がいたことに、目を見張る思いがする。そこには、民衆の自由でたくましい精神が息づいていた。
 今、私たちは国民主権を定める憲法を持ち、基本的人権を保障されてもいる。しかし、当たり前のもののように思っている民主主義は、空洞化し始めていないか。
 特定秘密保護法の強行成立、集団的自衛権の行使容認…。福島原発事故の収束も見えぬまま原発再稼働の動きは進み、米軍基地が集中する沖縄は新たな負担を強いられようとしている。この国の政治に、主権者、住民の意思はどれだけ反映されているのだろう。
 民主主義は、選挙や代議制といった形式を言うのではない。130年前に立ち上がった人々にあった、われわれこそが政治の主体だという意識を私たちは持っているだろうか。権力の横暴に抗する人たちに連帯し、支えていく動きは広がっているだろうか。
 秩父事件や自由民権の歴史に目を向けることは、今の社会、政治に私たち自身がどう向き合うかを問い直すことでもある。現代に民権の新たなうねりを起こしたい。

 記事の全文に目を通したい方はどうぞ(クリック)

 さらに資料を探ってみた。たくさんあるが、ここではこの2件を紹介しておく。
 秩父事件HP(クリック)
 圧政を変じて自由の世界を(クリック)