<   2015年 10月 ( 9 )   > この月の画像一覧

 ボクは小学唱歌や童謡が好きだ。音痴といえども何とか歌える歌が多いからだ。でも、よく聞いてみると、どこかもの悲しげな雰囲気が漂っている曲も多い。
 たとえば「案山子(かかし)」という歌もそうだ。
 ある解説には、こうあった。
『案山子(かかし)』は、明治44年(1911年)『尋常小学唱歌 第二学年用』に掲載された。田んぼや畑でカラスなどの害獣を追い払うための人形『案山子(かかし)』が曲のテーマとなっている。
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 歌詞はこんな具合。
   山田の中の 一本足の案山子
   天氣のよいのに 蓑笠着けて
   朝から晩まで ただ立ちどほし
   歩けないのか 山田の案山子

   山田の中の 一本足の案山子
   弓矢で威して 力んで居れど
   山では烏が かあかと笑ふ
   耳が無いのか 山田の案山子


 曲にあわせて歌ってみたい。聴いてみたい。
  

 子どもの頃からこの曲にどこかもの悲しいものを感じたのは何だったのだろうか。少しだけ思いあたることがあったような気がする。
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 ボクには「歩けないのか 山田の案山子」「耳がないのか 山田の案山子」という歌詞が重く、痛く響く。
 まず、この写真です!ボクは胸を撲たれる思いで眺めました。
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 この難民少女の写真がこんな漫画に変えられたことに驚きました。
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 漫画とはいえ、難民を揶揄し、反感を煽動するのは禁物ではないでしょうか。当然、原写真を撮影した人から抗議がきたといいます。

 【お知らせ】
 写真主のJonathan Hyams氏から難民イラストの削除要請が来ました。私は前から申し上げているように、Jonathan Hyams氏の意思を尊重して当該イラストを削除いたします。
 Jonathan Hyams氏におかれましては、この騒動で非日常的な迷惑をかけてしまったことと思います。今後彼には、いつもと変らない普遍的で平和な日常を送って頂きたいと思います。急に色んな連絡が殺到してびっくりしたであろう彼の苦悩を考えると心が痛みます。
後で英文追記します。しば〜らくお待ちを

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 でも、この漫画の作者は「絶対謝罪しない」と言うのです。
 一切謝罪の言葉を使わないには理由があります。日本人を相手に言う「謝罪」と外国人を相手に言う「謝罪」は重みが違うのです。例えば交通事故一つとっても、自分が後ろからぶつけられたとしても、一言でも「すみません」と言ってしまうと、「彼は過失を認めた」ということになり、裁判で確実に負けます。海外とはそういうものなのです。
 今回私は著作権は侵害していないとの認識です。過去のケースをみても著作権侵害には問えないでしょう。彼が例え訴えたい気分でも、勝つ見込みがない裁判を、わざわざ法廷が開かれる度に来日しなければならず(民事は被告側の土地で裁判を行う)、そんな割の合わない面倒な裁判を、懸命な弁護士だったら「やめておけ」と言うでしょう。
 しかしながら、今回彼に多大な迷惑をおかけした事は事実には違いないので、彼が削除を希望すれば、私は彼の意見を尊重し、画像を削除する気持ちでした。7日早朝、彼とコンタクトがとれたので、削除に至ったわけです。
 彼には迷惑をかけたと思いますし、私自身反省もあります。しかし、絶対に謝罪の文字は使いません。彼は日本の謝罪の常識の範囲外に所属する外国人だからです。もし今回写真家が日本人なら私は素直に謝罪の言葉を使うでしょう。
 海外は安易に謝罪する文化ではありません。写真家の方も、私に謝罪は求めて来ませんでした。私が「心が痛みます」と言ったら最後には「Thank you」と言って下さいました。
 これが今回 私が絶対に謝らない理由です。


 この件について、作家の赤川次郎氏が触れていました。
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 この漫画の作者はフェイスブックの「安倍総理をささえる会・公開グループ」の管理者3人のうちの一人らしいことや、かなり右よりの信念の持ち主らしいことが分かりました。
 反省を求めてもムダかも知れませんが、その後もこんな漫画を書いている以上、厳しい批判を受けるのは当然ではないかと思います。
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 画を描く技倆がどんなに優れていようとも、それを反韓・反難民、その他諸々の厭うべき感情を煽動する道具にしているようでは、決してまともな画家・漫画家とは言えません。
 それは、どんなに優れた科学者であろうとも、おぞましい兵器づくりに従事する科学者が批判されるのと同じことではないでしょうか。

 この「在日批判?」の画像には「犯罪犯したわけでもないのに実名報道された私に謝れ(爆)」と添え書きがありました。この激情ぶりには少し気の毒な気もしないでもありません。
 ボクが再度この作者のことに触れる機会があるのかどうかは分かりません。できるだけ、無視していようとは思っています。

 ただ、この「事件」の後にわざわざカバー写真を取り替え、我と我が身を励ますように挑戦的な言葉を書き込んだことは忘れません。
 その矛先が、この漫画を批判的に眺めたボクらに向けられているような気がするからです。
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*一連の画像はクリックで拡大できます。少し読みにくい記事もありますが、適当なサイズに直してお読み下さい*
 大阪の府知事・市長のダブル選挙が近づいています。
 一度は整理しておかねばと思いつつ、整理し切れていなかった「橋下語録」。「しんぶん赤旗」が適切な形で整理してくれていました。
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 わかりやすくいえば「沖縄では自民が分裂。外に出された人たちとのオール沖縄形成」、「大阪では自民が分裂。飛び出した人たちが維新を形成」と言えそうです。
 もう一点。「アベ自民は自民極右派。維新と一体。大阪自民は維新と一線画す。府・市民を尊重」とも言えそうです。
 昨日、富田林で講演された鰺坂真さんの話を聞いた感想です。
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    *画像はクリックで拡大できます*

*追伸*
 さっそく、ゆきこさんが「良い天気でした」と写真を送ってくれたので、一句ひねって加工しました。
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 *その後、ヘタな推敲をしてみました*
 < 空澄みて >
 画像があるので、雲の「筆遣い」であることが分かります。が、通常、句には画像はないので、画像がなくてもわかる句を詠むのが適切でしょう。とすると…?
 
 空澄みて 戦を拒む 雲白し

 空高し 戦を拒み 雲流る

 
 などとする方が適切なようです。

 < 戦争を >
 川柳ですね。このままで良いような気もしますが、主語「日本は」が隠されています。「日本は戦争をしない国です」との意です。
 が、きっぱり五七五に整えるなら、「戦争を」の「を」は改めて「は」とした方が鋭い語感がのこるのではないでしょうか?

 戦争は しない国です 青い空

 こんな風に考えてみました。
 今朝の「朝日新聞」はトップから、3面、38面と維新の「臨時党大会」の模様や解散劇を報じている。
 橋下市長・松井知事によるリモコン大会
 この「党大会」には先に離党している橋下市長や松井知事は出席できず、「控え室のモニターで大会を監視した」という。
 ご丁寧にも「橋下市長は前夜のリハーサルで周到に準備し、不測の事態に備え、当日も自ら会場内で待機した」とあり、リハーサルでは「文言の調整や決議案提出の事情などを細かく説明した」ともある。
 これでは全くのリモコン大会ではないか!

 馬場伸幸氏が暫定代表に決まったというのだが、その発言には驚きを禁じ得なかった。
   維新の党は
   日本にとって
   百害あって一利なし

 つい先日まで、自ら所属していた党、円満な分党を目指していた党をこれ程までにこき下ろす神経には呆れかえる。
 天に唾するとは、正にこのことではなかろうか!

 「政党交付金をめぐる騒動との批判を避けたい」との思惑もあると書かれているが、まさに図星ではないか。
 多くの国民、有権者は今度こそ彼らのホンネ、思惑を見逃しはしないだろう。

 近く発足するであろうおおさか維新の会なる新党も、
  百害あって一利なしとなるだろう。 ボクはそう予言しておきたい。
   10月18日、東京・渋谷で街頭行動
   数千人(主催者発表)が参加


 戦争法(安保法制)が「採決」されて1カ月。
 戦争法廃止、集団的自衛権行使の閣議決定撤回を求める声をとどめることはできません。
 18日のシールズによる渋谷での街頭行動では、小林叶(かなう)くんという青年が感動的なスピーチをしてくれました。
 FB(フェイスブック)に小原 美由紀さんのカキコに<<アメリカLA在住の方が文字おこししてくださいました!すごい!>>とありました。

 本文は米国LA在住・鈴木 正師さんからの便りの紹介です。
 渋谷ハチ公前街宣でのICU4年小林叶(かなう)さんのスピーチ。キング師を彷彿とさせる素晴らしい演説。 情理を尽くした演説とはこういうものです。人民を脅かすものは、「そと」にいるのではなく自国の権力であること。だからこそ立憲主義が侵されてはならないこと。貧困とファシズムが共犯関係にあること。それらを、今私が書いているようなわかりにくい説明ではなく、人々の理性と感情にダイレクトに訴えているスピーチです。

 FBには小林君がスピーチしている動画のURLが書き込んでありましたが、なぜかボクのPCでは映りません。で、別のところを探してようやく視聴することができました。
   

 鈴木さんが小林叶君のスピーチを書き起こしてくれましたが、少しだけ違っているところがあるので、補強しました。

  < スピーチ書き起こし >

 渋谷の皆さん、こんにちは。
 国際基督教大学4年の小林です。
 戦後70年の歴史を大きく変える法律が、先月可決されました。
 私も、連日国会前で声を上げました。
 しかし、そんなことには目もくれる余裕がないほど、毎日を生きることに精一杯の人々がいます。
 1日中朝から晩まで必死に働き、それでも子どもを高校へ進学させてやれない120万人のシングルマザー。
 明日自分のクビが切られるかもしれない不安に怯える250万人の派遣労働者。
 ご飯をおなかいっぱい食べることができない320万人の幼い子どもたち。
 私が今こうして話している間にも彼らが考えていることは、
 もし自分の家が生活保護を受けていることがばれたら、周りから白い目で見られてしまうのではないか、ということ。
 大学進学のために奨学金を借りたら500万円もの大金を自分の力で返済できるのか、ということ。
 もし自分一人で子どもを養うとしたら、月10万円の給料でどうやって暮らせばいいのか、ということ。
 もし明日仕事を失ったら、自分の居場所はこの社会に存在するのか、ということ。
 つまり、今日を生き延びることができるか、明日を無事に迎えることができるか、それが彼らの切実な思いではないでしょうか。

 安倍首相は日本を「美しい国」、「すべての女性が活躍する社会」そして、「一億総活躍社会」にしたいそうです。
 しかし現状はどうでしょうか。
 この国には、進学を諦めキャバクラで働き、家族を養わなければいけない10代の女の子がいます。
 この国には、子どもの学費のために裏で自分の内臓を売り、生活をつなぐ母親がいます。
 この国には、何度も生活保護を申請したが拒否され、食べるものもなくやせ細り、命を失った女性がいます。
 この国には、ひとりぼっちで、誰にも看取られることがなく、冬の寒空の下、路上で命を落としていく人々がいます。
 そんな彼らを、「今まで何していたんだ? 努力が足りないんじゃないか!」と切り捨てる。それが日本の政府です。

 私は言いたいです。
 たった一人の、たった一人の子どもの命も救えない、
 たった一人の母親に生きる希望を与えることができない、
 そんな国の言うことを、私達はどうして信じることができますか?

 学費を稼ぐため風俗で働くのは、あなたの子どもかも知れません。
 ストレスと鬱に苦しんで自殺するのは、あなたの父親かも知れません。
 冬、暖房のない部屋でやせ細って死ぬのはあなた自身かも知れません。
 そして政府は、そっとあなたに囁くでしょう。
 食事も住居も用意してくれる、学費も肩代わりしてくれる、そんな仕事があるよ、と。
 そうして、その仕事についたあなたは、他国の脅威から「日本を守る」ため、遠く離れた大地へと送り込まれることになるでしょう。
 しかし、忘れないで下さい。

 あなたが守るはずの日本に、あなたは殺されそうになっているということを。
 あなたにとっての脅威は他国ではなく、この国にあるということを。
 あなたの生活は今まさに、この国によって存立危機事態に追い込まれているんだということを。

 私が思い描くのは、こんな未来ではありません。
 誰もが、心から、生きていて良かったと、自分はこの世界に生まれてきて良かったと言える、
 あなたにしか聞けない声があり、あなたにしか見えない世界があり、あなたにしか語れない言葉がある、
 他の誰でもない、そんなあなたをこの社会が必要としていると、
 そう胸を張って言うことができる、そんな国を、私は夢見ています。

 そのために必要なのは、「強い国」となるための、一発数千億円のミサイルでしょうか?

 違います。
 わたしたちが求めているものは、ただ、大切な人とほおばる温かいご飯であり、
 望む学校へ進学するチャンスであり、
 一人親でも子どもとゆっくり向きあうことができる時間であり、
 ひとりぼっちで悩んでいるあなたをいつでも迎え入れてくれる居場所ではないでしょうか。
 世界があるからあなたがいるのではなく、あなたがいるから世界はあるのです。
 希望なき人々のためにのみ、希望は与えられています。
 終わっているなら始めましょう。

 10月18日、私は安倍政権の退陣を求めます。
 ありがとうございました。

* 初めにアップした時には書かなかったボクの感想をひと言 *
 国民のひとり一人を大切にしようとする決意!
 庶民の暮らし向きの現実を注視するなかで、忍びよる戦争の魔手を見抜く眼力の確かさ!
 その鋭さに拍手を送りたい!
 今日は朝から愉しい記事に出会った!
 与謝蕪村の「これまで知られていなかった俳句212句を収めた句集が見つかった」という。垂涎の記事ではないか!
 早速アップすることにした。

蜻蛉や眼鏡をかけて飛歩行

かげろう             とびあるき
我焼し野に驚や屮の花
  やき     おどろく くさ
傘も化て目のある月夜哉
からかさ ばけ            かな
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▼はっきり読めないけれど、字形が面白いので追加しました。
 矢印の3句が冒頭の句です。
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 不評買う「一億総活躍社会」論
 戦争法強行で人気を落とした安倍首相が、何とか挽回しようと得々と打ち出した「一億総活躍社会」論も不評の極みです。
 アベノミクスの新版のつもりなのでしょうが、新3本の矢も全然的を射ていません。
 ホントのところどうなんでしょう?
 宣伝文句はこうですが…。
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 ボクはこの看板に偽りありと見ました。
 新三本の矢の正体はこうではないでしょうか?
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 一億総○○にご用心!

b0142158_16471150.jpg そもそも一億総○○という言葉遣いはあのアジア太平洋戦争に国民を巻き込む国民精神総動員(精動)に端を発しています。
 一億総動員です。
 これは第一次近衛内閣が1937年(昭和12年)年9月から行った政策・活動の一つで、「国家のために自己を犠牲にして尽くす国民の精神(滅私奉公)」を動員するものでした。
 街には「欲しがりません勝つまでは」「ぜいたくは敵だ!」「日本人ならぜいたくは出来ない筈だ!」「足らぬ足らぬは工夫が足らぬ」「遂げよ聖戦 興せよ東亜」「聖戦だ 己れ殺して 国生かせ」「進め一億火の玉だ」「石油の一滴、血の一滴(ガソリンの一滴は血の一滴)」「全てを戦争へ」などの戦時標語が満ちあふれ、「日の丸弁当」奨励、「パーマネントはやめましょう」、国民服やモンペ姿を男女の制服として推奨した教化運動が繰り広げられたのです。

 さらに、敗戦必至になった1945年(昭和20年)初頭には本土決戦 一億総玉砕と本気で叫ばれる事態となっていました。
 45年4月7日、沖縄を目指していた戦艦大和が鹿児島・坊ノ岬沖で撃沈されましたが、無謀な海上特攻作戦を海軍は一億総特攻の先駆けと美化し、乗員2740人を戦死させたのです。
b0142158_17453941.jpg ◀これは敗戦直前の7月に発行された『主婦之友』です。
 「勝利の特攻生活」と題する特集を組んでいました。
 中には「敵の本土上陸、本土決戦は、地の利からも、兵員の上からも……我が方は決して不利ではありません。……一 億一人残らず忠誠の結晶となり、男女混成の総特攻隊となって敢闘するならば、皇国の必勝は決して疑ひありません」(宮城タマヨ「敵の本土上 陸と婦人の覚悟」)という記事もあります。
 こうして一億総特攻という言葉も定着しはじめたのです。

 第2次世界大戦終結直後、東久邇稔彦内閣は一億総懺悔(ざんげ)を唱えました。これは日本の東南アジア各地への加害を詫びるものかと思いきや、国民から天皇に「敗戦を謝罪」させようとするもので、主客転倒も甚だしい謬論でした。

 戦後、すさまじいテレビの普及にともなって一億総白痴化という言葉が大流行しました。
 これは大宅壮一氏が週刊誌上で「テレビに至っては、紙芝居同様、否、紙芝居以下の白痴番組が毎日ずらりと列んでいる。ラジオ、テレビという最も進歩したマスコミ機関によって、『一億白痴化運動』が展開されていると言って好い」と評論したことから始まっています。
 大宅氏のこの指摘は「テレビを次々と視る事により、『思想が刷り込まれ』たり、『思考停止』に陥ったりする可能性から、白痴化と発言したのではないか」と考えられています。

 60年代終盤から70年代にかけての「高度成長政策」のもとで一億総中流という言葉が流行りました。国民の意識調査で自分の生活水準を中の上、中の中、中の下と認識する人が増え、上とも、下とも考えない人が増えたということでした。
 しかし、これは90年代以降、漸減傾向にあり、むしろ「格差社会」が大きな問題となりつつあります。

 こう見てくると安倍氏のいう一億総活躍社会という言葉はとてもうさんくさく見えます。
 彼の普段の言動から類推するに、一億総動員的な発想が下敷きになっていることは間違いなさそうです。

 最後に、このブログを起こすためにあちこち探していると、総務省のHPで一億総当事者という言葉があるのを見つけました。
 内閣府行政刷新会議事務局参事官補佐 重徳 和彦氏の手になるもので、そこには「社会への感性を研ぎ澄まし“1億総当事者”の時代を思いっきり駆け抜けたいという 気概を持つ諸君は、ぜひ総務省の門を叩いて いただきたい」とあります。
 戦争法が強行可決され、9月末に公布、来年3月までにさらに具体化という今日、アメリカの戦争に巻き込まれ、まさに一億総当事者に仕立てあげられては堪ったものではありません。そんな感慨を持つのは、決してボクひとりでないことは確かでしょう。
笑い飛ばして戦争法国会を総括!
そして、次へ進もう!


 戦争法(安保法制)国会が終わり新しいうねりが起こっています。
 新しい動きに期待しつつ親父ギャグを連ねて総括してみましょう。
 
 端を発したのは昨年7月1日の閣議決定でした。
 が…、全く「程(てい)」つまり「のり、きまり」を欠いた理不尽なものでした。とても閣議決定なんて言えません。閣議欠程とでもいうべきではないでしょうか。

 安倍首相は、アメリカに赴いてまだ国会に提出もしていない戦争法を「夏までに成就する」と約束してきました。自衛隊幕僚長も米軍に「大丈夫か」と念を押され、「大丈夫」と答え、タイムスケジュールまで作成していたことが暴露されました。
 米国を訪問したのではなく、報告に行き、注文を聞いてきただけの話です。実態は米国訪問ではなく米国報聞だったのです。

 国会に提出された戦争法(安保法制)はどう見ても瑕疵・欠陥だらけで大義はなく怠義、大欺に満ちたものであり、自衛隊の隊義優先、国民にとっては安保法制どころか暗闇を步かされる暗步法制であり、砲声が身近に聞こえるような代物でした。
 暗步砲声とすら書きたくなります。

 衆参両院、特別委員会での答弁には主に安倍総理や中谷防衛、岸田外務両大臣があたりましたが、彼らの言語はまるで幻語ではないかと疑わせるような意味不明の言葉が続きました。
 ですから容易に答弁が成立しません。せいぜい倒弁になってしまいました。

 この間、閣僚らの答弁では失言が相次ぎ、内閣支持率は下がりっぱなし、悉減です。当人らは謝罪を繰り返しはしますがポストには居座る事実上の捨罪取り消したはずの発言も盗り消し状態で、本気で反省したとはいえません。
 その結果衆議院でも参議院でも再三休憩が繰り返されましたが、その光景は安倍内閣の窮景としか見えませんでした。
 国民の多くは国会のこんな姿を滑稽だと思ったのではないでしょうか?

 「60日規定」を睨んだ衆議院での強行採決は国民の目には狂行砕決としか映りません。批判の声はいやが上にも高まりました。
 参議院特別委員会での採決は委員外の議員までなだれ込み、速記もとれない、何が起こっているかも分からない状態でした。ボクは中継画像で一部始終を見ていました。まるで採決ではなく砕決だと痛感しました。採決無効の声が高まるのもむべなるかなと考えています。

 以上が、親父ギャグによる戦争法国会の総括です。
 
 今回の国民的運動は、60年安保や70年安保の時と様相が違うという声はあちこちに広がっています。それは、衆参両院で「採決された」と言われても、決して無力感や挫折感に取り込まれることなく、法の廃止・閣議決定の撤回を求める粘り強い運動が続き、さらに高まる気配を見せているからです。ボクもその一員として、声をあげ続けたいと決意を新たにしています。
 
 今こそ 戦争法を廃止し、
 閣議決定を撤回する政府をつくろう!


 憲法の平和主義、立憲主義、民主主義をまもる
 オールジャパンの一員になろう!