私学振興も都道府県の責任

 橋下知事の「大阪維新・自治体経営革命」論には、私学教育の分野にかかわる記述が全くありません。都道府県に私学は関係ないと言わんばかりです。ここに私学助成に大ナタを振るっても平然としていられる根拠があります。この論理は正しいのでしょうか。
 国民・教育関係者の轟々たる批判のもとで08年に改悪された「教育基本法」でさえ、「法律に定める学校は、公の性質を有する(第6条)」と私学の公共性を認めています。また、第8条では「私立学校の有する公の性質及び学校教育において果たす貴重な役割にかんがみ、国及び地方公共団体は、その自主性を尊重しつつ、助成その他の適当な方法によって私立学校教育の振興に努めなければならない」としています。その私立学校の所轄は都道府県知事なのです。公教育に対してはもちろん私学に対しても知事の責任は重大です。当然のことですが、憲法の規定する「教育の機会均等」の原則をうけて、「国及び地方公共団体は、能力があるにもかかわらず、経済的理由によって修学が困難な者に対して、奨学の措置を講じなければならない(第4条)」とも規定しています。橋下知事の私学助成削減は、こうした法理の建前から言っても道理の無いことは明らかでは無いでしょうか。
 その上、橋下知事の言動にはPT案の段階で担当部局が指摘した「別途提案されている経常経費の削減」とあわせて、「授業料値上げの懸念、大きな負担増につながる恐れ」に対する配慮がほとんどありません。注釈的に示されている「府内の高校に進学した生徒6万3千人のうち約8%・5千2百人は、公立高校を第一志望とし、私立高校に進学。これらの生徒を公立で受け入れた場合、公費支出で72億円、府単費だけでも6億8千万円の負担増」との資料は、私立高校が府の教育行政の弱点を補う受け皿となっている現実を端的にさらけ出しています。「こんなことをしたら、 子どもが笑う大阪にはなりません!」と立ち上がった高校生たちをあざ笑うような橋下知事の仕打ちは断じて許すわけにはいきません。
 危険な「一律ゼロベース」論

 国・地方を問わず行財政が効率的に執行される必要があることは論を待ちません。同時にそれが戦後築かれてきた、憲法や地方自治法の諸原則に基づいて国民・住民本位に民主的に運営されているかどうか、厳しく吟味することも大切です。その目で橋下知事の「ゼロベース」論を検討してみましょう。
 国は地方自治体の一般歳出を三つに区分し、「公共関係費とは、公共事業関係費とその施設費」、「裁量的経費とは、政策判断によりその水準や内容について柔軟に見直しができる、裁量性の高い経費」、「義務的経費とは、人件費、年金・医療等、支出が法定されている経費など、制度的な枠組みを背景として支出水準や内容が決定される非裁量的・義務的な経費」としています。「法定」という場合、都道府県においては法律だけでなく、条例や規則に定められている諸事業も当然入ります。この「義務的経費」にも切り込むのが橋下知事の「ゼロベース」論の危険なところです。
 大阪府のホームページの「財政関係用語の解説」には「職員の給与等の人件費、生活保護法に基づく生活扶助等の扶助費及び府債の元利償還等の公債費は、その支出が義務づけられており任意に削減できない経費であることから、義務的経費といわれます」とあります。「非裁量的」、「任意に削減できない」とは文字通り、知事の一存や行政の都合だけで勝手に削ることはできないということです。澤井勝・奈良女子大名誉教授もホームページで「人件費などはその自治体が従来の政策の結果、到達している水準であって、その事情は尊重されなければならない。一面的な指導になじむ性格のものではない。また生活保護費など扶助費は、地域社会の歴史や地域性を背景にしてかさんでいる場合が多く、それを抑制しようとする自治体の政策には限界がある」と指摘しています。
 この制約を強引にうち破ろうとしているのが、橋下知事の「一律ゼロベース」論です。知事はこの間、「説明努力」や「決定過程の公開」を誇っていますが、「経費削減」にかかわる府民や関係団体との「合意の手続き」には熱心ではありません。「府民こそ主人公」という視点が欠けているのです。
 生活情報まで一元管理

 住基カードについても、もう少し検討しておきましょう。住基カードは住民票コードのある人すべてが発行対象ですから、1億2千万人余の国民すべてが交付を申請できます。しかし、その普及率は08年1月末で199万枚、僅か1・6%にすぎないことがわかり、効果を疑問視する報道が相次ぎました。政府や各地の行政機関は、当初「住基カードを使えば全国どこからでも住民票がとれる」と宣伝しましたが、それが国民にとってさしたるメリットと言えるはずがありません。最近は「写真付きのカードなら身分証明書として使える」と強調していますが、実の子どもが親の代わりに、実の妻が夫の代わりに、「ハンコと通帳を持って窓口に行ったのに手続きできなかった」と途惑う声が広がっているように「本人確認」の厳格化・煩雑さを口実にした詭弁のように聞こえます。しかも、この住基カードでも不正取得や偽造カードの使用、数万枚規模での不具合などのトラブルが起こっているのです。
 要するに、行政・公権力サイドに住基ネットによる住民情報管理のメリットはあっても、個々の住民にとって住基カードによるメリットはほとんどないのです。そこで政府は、何とか付加価値をつけて住基カードを普及すべく、自治体にICチップの隙間を使わせ、健康診断や図書館の利用や貸し出し、健康保険等の資格認定、病院の診察券代わり、商店街のポイント情報の保存にまで使えるようにしています。これがすすめば、住民情報どころか、個々の住民の生活情報すべてが一元管理されることになりかねません。「監視社会に道を開く」とは実にこのことなのです。
 ところが、経済財政諮問会議の民間有識者議員4人は連名で「使い勝手の悪い政府IT化の克服」と題して政府に苦言。「住基カードを無料配布して、自宅やコンビニでいつでも使えるように」、「企業の手続きコスト削減のために、人事・労務関連手続きの紙での保存義務廃止」、「国・地方自治体の内部業務の効率化」などをもとめ、年内に「電子政府の全体設計図の作成」を号令しています。住基ネットも住基カードも財界の利益の目でしか考えられないのがこの人たちの業・性なのでしょう。
 
 自己情報の管理は憲法上の権利

 もう少し、住基ネットをめぐる問題点を検討しておきましょう。何らかの公的年金を受給している方ならお気づきでしょうが、現況届(生存確認)の提出が不要になりました。住基ネットを使って確認しているからです。つまり、本人が全く知らない間に個人情報が「覗かれ、利用されている」わけです。生存確認された年金受給者の情報は各自治体に知らされ、各自治体から介護保険料などの金額が応答されて、年金からの天引き(特別徴収)が成立するのです。
  住基ネットへの記録の書き込みは、住民基本台帳(住民票)の14項目あまりのうち、本人確認のための4情報(氏名、住所、性別、生年月日)と住民票コード、変更経過情報の6情報に限られていますが、情報の提供及び利用が可能な行政事務は国、地方あわせて275事務もあり、既に3360万件にのぼる情報が提供・利用(05年4月現在)されています。 しかも政府や財界は今後、住基ネットの民間活用にも道を開こうとしているのですから、「監視社会への一里塚」と警戒されるのは当然のことです。
 そもそも個人情報の管理や運用について、どう考えるべきなのでしょうか。大阪高裁判決(06年11月30日)や最高裁第一小法廷判決08年3月6日)はとても示唆に富んでいます。
 大阪高裁は「プライバシーの権利」は「憲法13条によって保障されている」として「(個人情報が)自己の知らないうちに、他者によって勝手に収集、利用されれば、民主主義社会における自己責任による行動の自由(人格的自律)や私生活上の平穏がおびやかされる」として、明確に「自己情報コントロール権」を認め、告訴人の個人情報を住基ネットから削除するよう命じました。ところが、最高裁は憲法第13条にもとづき「何人も、個人に関する情報をみだりに第三者に開示又は公表されない自由を有する(67年、最高裁大法廷判決)」ことは認めつつ、①システムの不備による情報漏洩の危険はない、②目的外利用は懲戒処分又は刑罰をもって禁止されている、③情報保護処理委員会など適切な取り扱いの制度的措置が講じられている、として住基ネットからの削除を否定したのです。しかし、現に想定外の情報流出やトラブルは全国でおこっています。こんな「セミの抜け殻のような最高裁判決(全国弁護団・山本博団長)」を許せるわけがありません。
 適正な管理が行政の課題

 「戸籍法」は日本国民に子どもが生まれ、結婚し、死亡したときなどに本人の本籍地または届出人所在地での届け出を義務づけています。この届け出にもとづいて戸籍に編入、新調、抹消がされます。この戸籍の所在地が本籍地であり、正本を市区町村長が管理、副本を管轄法務局が保存します。ちなみに、この本籍地は日本の領有権が及んでおり、住所・地番がわかっているところなら、どこにでも置くことができ、自由に移動(転籍)もできます。ただし、この5月1日から届け出や証明書の取得の際の本人確認が厳しくなりました。
 「住民基本台帳法」は「住民の居住関係の公証」、「住民に関する記録の適正な管理を図るため」、「個人を単位とする住民票を世帯ごとに編成して、住民基本台帳(住民票)を作成する」としています。この住民票には、氏名、出生の年月日、男女の別、世帯主とその続柄、戸籍、住所、選挙人登録の有無や健康保険、年金関係など、住民としての基本的な情報が記載されます。言わば、住民の個人としての基本的な属性が行政によって一元的に管理されている、ということでもあります。このような個人情報の取り扱いについて、慎重であるべきことは言うまでもありません。
 ところが02年8月、この住民票に11ケタのコードをつけ、市区町村、都道府県、全国センター、各種行政機関を一つにつなぐ「住民基本台帳ネットワークシステム(住基ネット)」が稼働し、03年8月からは「住基カード」の発行も始まりました。いわゆる「国民総背番号制」の稼働です。住基ネットの全国センターそのものの所在地は公表されていませんが、「住基カード」の作製にはNTT、凸版印刷、マクセル、日立、松下、東芝、富士通などが参入、住民の基本情報管理が「市場化」されたのです。
 しかし、住民情報保護の観点から幾つかの自治体が「住基ネット」への接続を見合わせ、住民からの提訴によって金沢地裁や大阪高裁などが「違憲」との判断をくだしてきました。これを不服として上告した守口市と吹田市についてはこの3月6日、最高裁が覆してしまいましたが、上告しなかった箕面市については違憲判決が確定しています。