母子猿 栗を抱えて 差し向かふ
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 お隣から栗をいただいた。
 もちろん剥いてあるのだが、一つだけ毬栗を入れてくれてあった。
 季節感、風情たっぷりではないか。
 もちろん食すのだが、少しもったいない。で、玄関に飾ることにした。真っ赤なテーブルクロスがある。槍を抱えたアイヌの置物がある。母子猿が差し向かいに二つの栗を抱えている様も面白いのではないか。並べてみるとこんな感じになった。

 アイヌのオジさんに毬栗を剝いてもらった母子猿が「さぁ、いただきましょう!」と嬉々としている姿に見立てたのだが…!

 よく考えると辻褄が合わない構図でもある。
 北海道にもともと栗の木はなく、和人が持ち込んだものだという説があるという。
 野生の猿は北海道にはいない。下北半島が北限だともいう。
 古今著聞集には 『母子猿』 という儚い説話もあるらしい。
 あれやこれや考えると、どう見ても素人の手遊び(てすさび)にしか過ぎない飾り物だ。

 だが、なんとなく時間を過ごすには面白い飾り物になったような気がするので、しばらくこのままにしておこうと思っている。

 栗を剥く 穂先を待つか 母子猿
 
   暁を抱いて闇にいる蕾
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 今日は「あかつき川柳会」の主催する鶴彬の碑前祭の日でした。
 ボクにも挨拶の機会をいただいたので、大要、以下のようなことを話させてもらいました。
       *       *       *
 今日は9回目の碑前祭であり、取り仕切ってこられた「あかつき川柳会」創立15周年の年だと聞いております。まず、この間の労をねぎらい、お祝いの言葉を贈りたいと思います。
 鶴彬の作品を全集として最初に刊行されたのは一叩人(いっこうじん)さんでした。ここへ寄せていただくにあたり、もう一度目を通してきました。
 この碑にある句は昭和11年(1936年)3月15日の「蒼空」第4号、火箭集(かせんしゅう)に収録されている5つの句の一つです。順に読んでみます。
 村々の月は夜刈りの味方なり
 暁を抱いて闇にいる蕾
 枯芝よ!団結して春を待つ
 吸ひに行く 姉を殺した綿くずを
 貞操を為替に組んでふるさとへ

 綿くずって、今日のアスベストを思い出させますねぇ。
 これらの句を詠んだ時、鶴彬は27歳。ハンセン作家として有名な北条民雄が「いのちの初夜」を書いた年、堀辰雄が「風立ちぬ」を書いた年でした。
 政治的には、2・26事件により軍部ファシズム確立の端緒が開かれた年。人民戦線運動に大弾圧が加えられ、1千人余が検挙され、235人もの人が起訴された年です。この年メーデーが禁止され、スペインではあの内乱が起こった年でもあります。
 この碑の句について井上麟二氏(鶴彬が世話になった剣花坊氏の長男)が親しみを込めて、次のような評をしています。
 「これは鶴君の稀らしい感傷だ、闘志の先端に咲いた感傷の花だ、何か深刻な内容があるかに見える激しい語は使ってあるが、そんなことは作者の任意で、不思議と私はそんなものを感じない。そしてこれはいい句だとただ柔順に受け入れた。上手な君の句だから、と言ふ買かぶりがあるのではあるまいかと二度三度熟考したが、どんな未知の人の作であってもやっぱり秀句として抜く句である。この見解は鶴君には不満なのに違いないがそれは評者の罪ではない。こんな句を作った鶴君の罪である」
 鶴彬は一般に反戦川柳作家と言われていますが、本人は到達点として「プロレタリア川柳」と自称しています。この句にはリアリズムとリリシズムの見事な融合があるように思います。
 ひるがえって、安倍内閣は今、極端なだまし討ち、暴走を続けています。この時に、私たちはいかにあるべきか。鶴彬の決意を学ぶこと、引き継ぐことの大事さは言うまでもありません。しかし、私たちはそこからもう一歩前へ行かねばなりません。私たちはいつまでも「春を待つ枯芝」、「闇にいる蕾」であり続けるわけには行きません。先人たちが切り開いてくれた道をさらに大きく進まなければならないのだ、という気概をこめて碑の前での言葉としたいと思います。ご清聴ありがとうございました。
   流れゆくがっかり感や鰯雲

 長い間、このブログにアップすることができなかった。あまり意識はしていなかったが、どこか気落ちしていたのだろう。

 一つには、6月末に母が亡くなったことがあるような気がする。 96歳だったから「天寿を全うした」とは言えるに違いない。だが、末期は哀れだった。かなり重症の認知症に見舞われていた。脚が壊死していて、初めは足の小指、次には膝下から切断した。ボクガ決断した。でも、さらなる切断にはストップをかけた。これ以上の手術は苦労以外の何物でもないと思ったからだ。
 母の葬儀は、ほんの身内だけの家族葬とした。14〜15人のささやかなものになった。大きな葬儀の世話をしたことはあるが、こんなにささやかな葬儀を取り仕切ることは初めてだった。でも、それなりの運営はできたのではないかと思う。最後に、みんなで「千の風になって」を歌って送った。
 ボクに信心心はないが、毎朝小机に置いた母の遺影に飲み水を取り替え、駄菓子を供え、線香を一本立てている。信心ではなくとも、追憶はあると思うからだ。
 そこには、往年の写真と
 梅雨晴れ間一言ずつの家族葬
という我流の川柳が飾られている。

 二つには、参議院大阪選挙区の結果があるのではないかと思う。
 折角定数が増えて、今度こそ大阪選挙区で議席を確保できるのではないかと期待した。ところが、自民党の策略とそれに呼応した「おおさか維新」の計略の結果、期待する候補者の議席獲得はならなかった。
 ある人が「もっと伸びると思っていた」「改憲勢力の3分の2を許してしまった」「渡部結さんを通せなかった」というがっかり感に答えることが重要と指摘しているらしいことを知って、妙な共感を覚えた。「がっかり感」とは言い得て妙の表現ではないか。

 三つには、東京都知事選挙の経過と結果があるようだ。
 各政党の努力、鳥越氏の奮闘、それを支えた人々の奮闘に異論はない。その経過に宇都宮氏の動向があったことも承知している。しかし、その経過や結果についての鳥越氏の応答、宇都宮氏の応答には歯切れの悪いところが多々あるような気がしてならない。各政党のコメントも少し歯切れが悪いのではないか。「なるほど良く分かった」といえる解明にはたどり着けていない気がする。と言って、どこかに、誰かにわざわざ注文をつけるつもりでもない。

 で、こんな気持ちになってしまったのがこの夏であった。

 もうえぇよ背ぇ伸びせんとき年金者

 とは言え、イロイロやるべきことの多い秋を迎えたのです。
 なんとか、やっていけまっしゃろ!
 日刊ゲンダイが注目の人 直撃インタビュー元NEWS23岸井成格氏のインタビューを載せています。
 投票日の今日の報道なのが惜しいけど…!
 参院選におけるマスメディアの気の抜けた報道にイライラさせられていただけに、読みがいがあるし、これからの決意も固まります。
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「このままだとメディアは窒息する」(クリック)

 岸井氏はボクと同世代の人で、その言動に注目しないでもなかったが、こんなにハッキリとした発言は珍しいし、貴重ではないかと思うのです。
 言論、表現、集会、結社の自由が阻まれる時、思想・信条の自由が侵され始める。それが戦争に通じる道だということは大事な歴史の教訓にほかなりません!

 ボクは思い出すのです。
 この句!
  戦争が 廊下の奥に 立っていた   白泉
ぜひ耳目を傾けていただきたい人がいます!