東京へのオリンピック招致がきまりました <3>

この際、政府・国会、東京都・都議会、NHK・マスコミに言っておきたいことがあります

b0142158_2125663.jpg これはベルリンオリンピックに聖火リレーが入場するときの画像です。
 オリンピックで聖火を灯すことは前からあったようですが、聖火リレーが導入されたのはこの大会が初めてでした。直接には大会事務局長のカール・ディナールの発案ということですが、決定したのはゲッペルスとヒトラーです。
 ヒトラーが起こしたナチス党がしばしば催したのが「たいまつ行進」です。大衆の感情を昂揚させるために、ナチスは集会を開くのにわざと夜を選び、党の軍事組織である突撃隊にたいまつ行進を行わせました。漆黒の闇のなかに揺れ動く数万のたいまつの火。その原始的で神秘的な光景にドイツの大衆が陶酔しました。
 その「たいまつ行進」をオリンピックに持ち込み、「聖火リレー」に仕立てあげ、「国威高揚」の恰好の道具にするのがヒトラーやゲッペルスのねらいだったのです。
 オリンピック発祥の地であるアテネから開催国に「聖火」を運ぶ「リレー」は、当時のドイツ国民にとっては確かに大きなロマンであったことでしょう。そこにナチス・ヒトラーへの「熱狂」を加重する効果が期待されたのです。一説によれば、優勝者への表彰に際して「国旗」を掲揚し、「国歌」を演奏するのも、このオリンピックが始まりだったということです。

 念のために言えば、一般に表彰式では「国旗」が掲揚され、「国歌」が演奏されていると思われがちですが、IOCやJOCの本来の見地から見れば正確ではありません。
 日本オリンピック委員会がホームページに掲載している「オリンピック憲章 Olympic Charter (1996年版)」には「表彰式」についての規程があり、そこには
 メダルは、『オリンピック競技大会』の開催中に、IOC会長(もしくは会長が選んだ委員)によって、関係IFの会長(またはその代理)の立会いのもとに、できればその種目の終了直後に、競技がおこなわれた場所でつぎのように、贈呈されるものとする。
 1位、2位、3位の競技者が、公式の服装もしくは競技用の服装で貴賓席に面した表彰台上のそれぞれの位置に立つ。
 優勝者の台は、その右側に設けられた第2位の競技者の台および左側に設けられた第3位の競技者の台よりわずかに高い。
 彼らの名前、および他の入賞者の名前が読みあげられる。優勝者の所属する派遣団の旗がセントラル・ポールに掲揚され、第2位、第3位の競技者の所属する派遣団の旗も競技場に向かってセントラル・ポールの左右に並んで立つ旗竿に掲揚される。優勝者の所属する派遣団の歌(短縮したもの)が演奏される間は、メダル受賞者たちは旗の方向を向いていなければならない

と明記されています。
 次回に見ますが、IOC(国際オリンピック委員会)は、各国のNOC(日本で言えばJOC)の自主性を尊重しており、各NOCが自らの「団の旗」「団の歌」と認定しているものを掲げ、演奏しているのです。オリンピックの場では「国旗」掲揚や「国歌」演奏が行われているのではありません。(続く)

*続きを準備するために「ヒトラーのオリンピック」を象徴する映画「民族の祭典」を見ていると1時間50分もかかってしまい、今日中にこのシリーズを完成することは難しくなってしまいました。追々書き継ぐことにしますので、おつき合いください*

by itya-tyan | 2013-09-10 22:32 | 東京オリンピックによせて | Trackback | Comments(0)
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