東京へのオリンピック招致がきまりました <4>

 この際、政府・国会、東京都・都議会、NHK・マスコミに言っておきたいことがあります
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    *画像はクリックで拡大できます。適当なサイズに直してご覧ください*

 オリンピック憲章の冒頭には「オリンピックの根本原則」として7項目がうたわれており、その第2項には「オリンピズムの目標は、スポーツを人類の調和のとれた発達に役立てることにあり、その目的は、人間の尊厳保持に重きを置く、平和な社会を推進することにある」と明記されています。「平和な社会の推進」という言葉は、深い歴史の反省が込められた重い言葉です。

 「ヒトラーのオリンピック」と言われる1936年のベルリン大会は「国威発揚」、ファシズムへの熱狂を煽る恰好の機会にされました。大会を機につくられた映画「民族の祭典」がその間の事情を浮き彫りにしています。

 ある人は「民族の祭典』(1938)」について、「ヒトラーにより、政治的かつ劇的に利用された、最初のオリンピック」、「ナチス・ドイツによって最大限に利用されたプロパガンダ」、「ドキュメンタリーの形をとった一大プロパガンダ」と評しています。この作品には「観客にとっては何処までが真実で、どこからが嘘なのかを見抜くのは至難の業」という「技巧」がこらされていたからです。

 故、淀川長治氏も映画自体の「凄さ」に感歎しつつも、「この『民族の祭典』出た頃、『美の祭典』が出た頃、日本人は全部ドイツに傾いちゃったんですね。『ドイツは偉い国だ!ドイツは立派な国だ!ドイツはええな。』と言うのでみんなドイツ語流行ったんですね。という訳で映画の力は怖いですね。で、これはこの映画観た後で日本はドイツと組みましたね、戦争で。日本人はそれは当たり前と思いましたね。それぐらいドイツに惚れ込みましたね」と、その「伝搬力」に感歎しているほどです。
 
 オリンピックを「国威発揚」の具、「国策」の具にしてはならない。その反省を踏まえて、戦後、「平和の祭典」としての再起をめざしたのです。現行のオリンピック憲章が「国家間の競争ではない」とあえて明記しているのもその故でしょう。

 このようなオリンピック(オリンピック・ムーブメント)の原点を、国や国会、東京都や都議会、NHKやマスコミ陣にしっかり踏まえてもらいたい、それは、単に東京でのオリンピックにとどまらない、というのがボクの注文の第一です。(続く)

*なお、ここで引用したブログ等の所在を紹介しておきます。
 『民族の祭典』(1938) ヒトラーにより、政治的かつ劇的に利用された、最初のオリンピック(クリック)
 淀川正治氏の評(クリック)
 ☆「民族の祭典」はほとんどが、圧縮された短時間のものです。   全編(1時間55分)はとても長く、おすすめはしませんが、見つ  かりにくいので一応紹介しておきます(英語版です)。
  Olympia Part 1 Fest der Völker 1938 with English Subs(クリック)
by itya-tyan | 2013-09-19 15:50 | 東京オリンピックによせて | Trackback | Comments(0)
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