司法が逃げる?大飯原発差し止め取り消しに思う!

 大飯原発の運転差し止めについて、名古屋高裁金沢支部が取り消し判決を下したという。
 それ自体が怪しからぬことだと思うが、見過ごしにできない一文があった。
 原発の是非について言及したくだりだ。
 
 曰く「福島事故の深刻な被害の現状などに照らし、原発を廃止・禁止することは大いに可能であろうが、その当否の判断は司法の役割を超える。国民世論として議論され、政治的な判断に委ねるべきだ」と述べている。

 「当否の判断は司法の役割を超える」とはどういうことか?
 「政治的な判断に委ねるべきだ」とはどういうことか?
 一審判決をくだした福井地裁は「司法の役割を超え」、逸脱した判決を下していたとでも言うのか?
 高裁支部の運転差し止め取り消し判決こそが「司法の役割」を果たしたものだとでも言うのか?
 高裁支部は「司法の役割」を放棄し、「政治的な判断」に従ったのではないのか?
 立法、司法、行政という三権分立の原則をここまで放棄するのか?
 司法の反動化はどこまで進むのか?痛ましい限りである。

by itya-tyan | 2018-07-05 10:26 | ちょいまち草 | Trackback | Comments(0)
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