カテゴリ:冨田林・寺内町、そして露子( 18 )

寺内町を正確には何と読むべきか?
答えるには、かなりの努力がいりそうだ。
Wikipediaでは「じないちょう」とも「じないまち」とも読めるように解説している。

さて?
城下町、宿場町、門前町を皆さんは何と読まれるだろうか?
もちろん「じょうかまち」であり、「しゅくばまち」であり、「もんぜんまち」であることだろう。
「じょうかちょう」とも、「しゅくばちょう」とも決して読まない。
ところが、門前町は一般には「もんぜんまち」と読むが、時に「もんぜんちょう」と読むこともあるらしい。
在郷町も然り、一般には「ざいごうまち」なのだが、「ざいごうちょう」と読むことも許されるようだ。

となれば、「寺内町」も然り。
ボクとしては「じないまち」と読んでほしいし、呼んでほしいのだが…、
「じないちょう」と読み、呼ぶ人も結構多い。
間違いでは無いとしても、雰囲気はかなり違うように思える。
で、ボクは寺内町を案内したり、解説する機会があるごとに
「ボクは『じないまち』と読んでいます。みなさんも是非…」と呼びかけている。
ご協力頂ければ、かなり嬉しい!


 年の瀬!久しぶりに居間の川柳を模様替えしてみた。
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 5月27日、久しぶりに寺内町や杉山家住宅を案内する機会がありました。
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 杉山家住宅には、山岡鉄舟が滞在の折りに書き残したと伝えられる扁額があります。
 何と読むか、覚束ないので確認してみると関西史跡散策会・通称KSS会のブログに行き当たりました。
 それによれば
 扁額であるから 右から左へ
「生前ノ富貴ハ学ビテ頭露(あらわ)シ 身後風流ハ陌上ノ花ナリ」
=現世で富や身分が高くなりても 死後に至れば威風もやがては路上に捨てられた花のように儚いものである=蘇軾の詩の一節である。

 とあります。
 ボクも、これが蘇軾の詩をひいたものであることは気づいていました。原詩は<陌上花(はくじょうのはな)>という詩でしょう。しかし、合点がいかなかったのは原詩と違うところがあるからで、解釈の仕方にも少し物足りないところも感じます。
 どう見ても、原詩は以下の通りです。
  游九仙山,聞里中兒歌《陌上花》。父老云:吳越王妃每歲春必歸臨安,王以書遺妃曰:"陌上花開,可緩緩歸矣。"吳人用其語為歌,含思宛轉,聽之凄然,而其詞鄙野,為易之云。

  陌上花開蝴蝶飛,江山猶是昔人非。
  遺民幾度垂垂老,游女長歌緩緩歸。

  陌上山花無數開,路人爭看翠駢來。
  若為留得堂堂去,且更從教緩緩回。

  生前富貴草頭露,身后風流陌上花。
  已作遲遲君去魯,猶歌緩緩妾回家。


 該当の所だけを抜き出してみると
  生前富貴草頭露 身後風流陌上花
  生前の富貴は草頭の露、身後の風流は陌上の花

 となります。
  *草頭露 草葉の先の露。はかなく、長続きしないたとえ。
  *身後(しんご) 死んだ後。死後。没後。
  *陌上(はくじょう)《「陌」は道の意》路上。道のあたり。
              あぜ道のあたり。

 もう一度、鉄舟の扁額を見直し、右から左へ読んでみます。
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  花上陌流風後身露頭学貴富前生
 原詩も右から左へ並べ直してみます
  花上陌流風後身露頭草貴富前生
 鉄舟は頭露と書くべきところを、頭露と書き間違えたのでしょうか?まさか!鉄舟ともあろう人が、揮毫するにあたって間違うはずがありません。素朴ながら、長い間解りかねていました。

 そして、この度ようやく気づいたことがあります。
 この改作は鉄舟の風流であり、世辞(お世辞ではありません)だったのだということです。
 鉄舟が杉山家にしばらくの間、逗留したはずです。その間に杉山家当主の博識、勉強ぶりを目にしたことでしょう。杉山家には少なからぬ蔵書があり、当主はおろか一族が通じていると実感したのではないでしょうか。
 その蔵書については、ボクのブログでも紹介したことがあります。
 富田林・杉山家の蔵書(クリック)
 揮毫にあたって、逗留させてもらい、世話になっている当主に「あなたの富貴は草頭の露だ」というワケにもいかないでしょう。そこで鉄舟は「学んで頭角をあらわしています」と世辞を述べたのです。敬意を表すとともに鉄舟の茶目っ気でもあったのでしょう。
 ですから、このくだり
 生前富貴学頭露 身後風流陌上花
 生前の富貴は学びて頭を露わし、身後の風流は陌上の花なりと読み下し
 存命中の富貴は良く学んで頭角をあらわすことだが、没後は路傍の花と覚悟するところに風流があると解するのが適切ではないか、と考えるにいたりました。
 単なる、蘇軾の詩の模倣、改作ではなかったのです。
 なお、関西史跡散策会・通称KSS会のブログはここです(クリック)。
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 少し使う所があって、寺内町・城の門筋の写真を撮ってきました。
 プリントがモノクロなので全部モノクロに変換しました。
 その他の手は加えていません。
 
 城の門筋は建設省(当時)の「日本の道百選」に選ばれています。
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 大阪では、御堂筋、フェニックス通り(堺市)とここだけでした。
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 3つの中では、この城の門筋が一番風情があると思っているのですが…
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 いかがなものでしょうか。一度はお越しください。
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  *画像はクリックで拡大できます。適当なサイズに直してご覧ください*
気になりながらアップが遅れてしまいました。
寺内町の家々が思い思いに、雛飾りを見せてくれます。
普段は覗けない各戸の風情を見せてもらえるのも楽しみです。
この日はかなりの人出で賑わしい日になります。
お越しになりませんか。
フェイスブックにボクの知人、武田憲久氏のこんなカキコがアップされていました。
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「一ヶ月後の9月25日より初めての写真展 父の書庫より 武田 憲久 を開催することになりました
会場は大阪府内で唯一の重要伝統的建造物群保存地区 富田林寺内町にある寺内町センターにて(旧杉山邸前)です
ここ数年テーマにしていた 亡くなった父の書庫から出てきた 織田作之助の本や父の日記、原稿からはじまった
いたって個人的なものです。
7月末の入院以来準備らしい準備が出来ず未だ入院中という有様
まだどういう状態で展示できるのか、準備不足否めませんがなんとかたどり着きたいと思っています。
富田林という大阪市内からですと少し不便な場所での開催となりましたが
秋の行楽の一日で富田林寺内町とあわせて訪れていただければと思っています。ー 場所: 富田林寺内町センター」

見覚えのある写真です。
このモデルさんの写真を撮る、ということで、この日ボクが少しお供をしたのです。
なるほどなぁ…!というプロらしい撮り方でした。
知らぬ間にボクの写真も撮ってくれて、パネルを頂きました。大事にしています。
オダサクのお姉さんが富田林に居られて、そこにしばらく寄寓してかの「土曜夫人」を執筆したのです。
旧杉山家の住宅の蔵の一角には、僅かですが遺品少々も展示されています。
武田氏の初めての写真展がここで…、というのは嬉しい限りです。
取り結んでくれたのは、オダサク倶楽部主宰の井村さんでした。今年は生誕100年ということで、ことに忙しく活躍されています。
昨日、とても暑い日だったが東大阪市・日下の河澄家を始め、石切界隈を探索してきました。
旧生駒トンネル跡や日下新池、称揚寺・招魂碑(生駒トンネル西口工事犠牲者の碑、4名の朝鮮人の名も…)、古代ハスの蓮池、日下貝塚、谷崎潤一郎ゆかりの燈籠と蹲(つくばい)など、旧枚岡特有の坂の多い道を上り下りしながら散策しました。
ボクにとっては一度は訪ねてみたかったのが旧河澄家住宅でした。
東大阪市が寄付を受け、大がかりな解体修理の後、市指定文化財として無料で一般公開しているものです。
ここは石上露子(杉山孝)が13歳の時、生別した母奈美の実家です。棲鶴楼とよばれる一室で富田林・寺内町・石上露子とその母のこと、少しレポートさせてもらいました。話したいことは多々ありましたがかなり端折りました。
このブログを読んでいただいている皆さんにはダブる部分もありますが、当日のレジメをアップしておきます。
     *クリックで拡大、読みやすい大きさに調整してお読みください。
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5月の3日から富田林・寺内町で「ちりめん細工展」(クリック)がおこなわれます。
頼まれて3日、10日、12日、13日と連続して寺内町を案内することになっているので、恰好の催しだと思うのですが、どの程度の人出になるのか気がかりです。
あんまり人出が多いと、食事の段取りも含めて、案内しにくくなりますからねぇ…。
天候も…。
少々の雨なら風情もありますが、土砂降りだと歩きにくくなるでしょう。

* チラシはクリックで拡大できます。見やすい大きさにしてご覧ください。
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   ▲ クリックで拡大できます。適当なサイズになおしてお読みください。

 露子の詩「小板橋」はこちらでお読みください。(クリック)
 筆を折る。恋しい人との別離を覚悟する。
 ボクは二重の意味での絶唱だと受けとめています。
6月28日、かなり暑い日でしたが寝屋川から妙齢のご婦人7人!
寺内町を案内しました。
今日、仕事から帰ると、和子さんから丁寧なお礼状が…!
俳句が2句添えてあります。
これは放っとくわけにはいきませんねぇ…!
で、こんな風にしてみました。

 *「駒つなぎ」は荷を運んで来た牛や馬をつないでおく所
 *「忍び返し」は泥棒よけの仕掛け
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☆ 和子さん、ご丁寧にありがとうございます。
 また、機会がありましたらご一緒しましょう!