カテゴリ:喜怒哀楽をともに…( 494 )

 わが家ではちょっと波紋を呼んでいますが…。
 俳句もどき…!
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 もうオープンになったのでここにもアップ!

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 昨日、大阪多喜二祭が開かれた。その会場、クレオ大阪東で面白いリーフレットを手に入れてきた。
 大阪府・大阪市IR推進局が作成したものだ。大阪府や大阪市はこれまで「IRとカジノは少し違う。IRの一部がカジノであって、IR即カジノではない」と言い続けて来たし、「カジノ即ギャンブル依存症とは限らない」とも言い続けてきた。
 だが、このリーフを読むと「府・市の推進局」自体が「夢島エリア」でも「カジノエリア」でも「ギャンブル依存症対策」に努めなければならないことを自認していることがわかる。
 両推進局はわざわざ「ギャンブル等依存症対策」についてのリーフを発行しなければならず、IR=カジノであることを認め、カジノ=依存症対策が必要だと認めているのだ!
 このリーフはA4版、3つ折りだがその全体をアップしておこう。なお、「このリーフレットは5,000部印刷し、1枚あたりの単価は27円です」との注記があるのだが、なぜこんなことが書かれているのか、不可解の限りという外はないと思う。
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 面識はないのだが、宮城義弘さんという方に大変お世話になっています。
 どうやら、同氏は大変著名な方らしい。が、ボクが知ったのはFB(フェイスブック)を始めてからのことで、上記の写真はそのFBの一コマです。とても綺麗な美しさ限りなしの沖縄風景です。
 ボクの友人Soden氏によれば「もっと優しい感じ」の方らしいけれど、宮城さんがFBに掲げておられる横顔写真もアップしておきます。
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 ボクが宮城さんのことを、このブログにアップしようと思い立ったのは宮城さんの提供する沖縄情報にホトホト敬服しているからです。宮城さんは毎日、沖縄の情報を詳しく紹介してくれています。特に辺野古の闘いのマスコミには登場しないような具体的な情報や写真には敬服してしまいます。また、琉球新報や沖縄タイムスなどちょっと手間をかけないと手に入らぬような現地で提供されている記事、論説などはとても参考になります。
 ボクは毎日のように宮城さんが提供してくれる情報に目をとおしていますが、あまりに情報が多いので「いいね」をしたり、「シェア」したりすることがとても少なく、恐縮している次第です。で、その罪滅ぼしにこのブログにアップしておく次第です。
 2月に入りました。念願の県民投票の月です。「3択方式」にはなりましたが全県で実施のメドが立ちました。県民のみなさんが「辺野古に基地はいらない」「この美しい海を汚すな」との選択をしてくださるよう祈ってやみません。
 私たちは日本国民です!ウチナンチュ、ヤマトンチュの隔たりをこえて一つです!
 ボクも選挙の応援で何度も沖縄を訪問し、長期にわたる滞在をしました。たくさんの思い出のなかでも、ある機会に久高島を訪問したことは忘れがたい記憶です。沖縄のみなさん!ともにがんばりましょう!

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 1月6日の朝日新聞、「日曜に想う」の欄にこんな記事が掲載されていました。
 ボクは渡辺白泉の句が好きなので思わず惹き寄せられました。

 <戦争が廊下の奥に立ってゐた>
 この句を当初は、川柳かな?と思っていたのです。どう見ても「季語」がないからです。後に「無季俳句」というものがあると知って、一層感興が盛り上がりました。若い頃の思い出です。
 <夏の海水兵ひとり紛失す>
 この句には「夏」もしくは「夏の海」と「季語」はあります。でも、この句も「無季俳句」の流れを汲んだものと読むべきでしょう。
 
 今は亡き金子兜太氏の尽力によって建立された「俳句弾圧不忘の碑」にまつわる一文は印象深い。
 で、全文を引用しておこうとと考えました。
 こんな文章が多くの人の目に止まるといいなぁと思うからです。

 念のため、以下に全文をコピーしておきます。

朝日新聞 〜 「上からの弾圧」より怖いのは 〜 
天気図に縦縞(たてじま)が並ぶとき、季節風は雪を降らせて山を越え、関東平野で空(から)っ風になる。去年の師走の一日、吹いてくる風に向かうように列車に乗って、長野県の上田市を訪ねた。
 関東の冬晴れが、軽井沢を過ぎるあたりから雪催(もよ)いになった。故・金子兜太さんが揮毫(きごう)して昨年2月に除幕された「俳句弾圧不忘の碑」は、冬枯れた丘の木立の中に静かに立っていた。
 俳句弾圧とは、時局にそむく作品をつくったとして、1940年代に治安維持法違反容疑で俳人が相次いで捕らえられた事件をいう。「不忘の碑」の説明文によれば少なくとも44人が検挙された。
 碑には弾圧を受けたうち17人の句が刻まれている。その一人、渡辺白泉(はくせん)は今月30日が没後50年の命日になる。白泉の名は知らなくても、この句は知っているという人は多いのではないか。
 〈戦争が廊下の奥に立つてゐた〉
 いつしか忍び寄ってきた戦争が、気づけば暗がりにぬっと立っている。戦慄(せんりつ)的な暗喩の句は、昭和の戦争のイメージを呼び覚まして不朽である。
 もう一つ、応召して水兵になった横須賀海兵団時代の句も忘れがたい。
 〈夏の海水兵ひとり紛失す〉
 海に落ちるかして水兵が行方不明になったのだろう。それを「紛失」と表すことで、人がモノのように扱われる非情さを万の言葉にも増して暗示する。
 去年の秋以降は、国会の審議にこの一句を思い出すことが多かった。
    *
 外国人労働者の受け入れを拡大する出入国管理法の改正は、粗雑と拙速をきわめる審議に終始した。新たな法には、自分がそうしろと言われたら耐えられないようなことを、他人(外国人)には求める冷ややかさが垣間見えている。
 たとえば「特定技能1号」という在留資格ができた。これによって、5年の技能実習を終えてさらに5年、最長で計10年日本で働くことができる。しかしその間、家族の帯同は禁じられる。あまりに酷な扱いではないだろうか。
 そもそも今ある技能実習制度が、安価な労働力を確保するための「悪(あ)しき仕組み」になっていないかと指摘されて久しい。低賃金や労働環境のつらさのために失踪する実習生は後を絶たない。
 国会審議の過程で、凍死、溺死(できし)、自殺などで3年間に69人もの実習生が死亡していたことがわかった。だが、そのことへの見解を問われた首相は「私は答えようがない」と突き放した。白泉の詠んだ「水兵ひとり紛失す」の非情さが重なるのは、このあたりの政官の姿勢だ。
 時は流れても、人間は絶えず非人間化される危うさの中に生きている。その真実を、兜太さんによる「不忘」の文字は伝えているように思われる。
    *
 「不忘の碑」の隣には「檻(おり)の俳句館」という小さな建物があった。
 事件で検挙された白泉ら俳人の似顔絵や作品を壁に展示し、一人ずつ鉄格子を取り付けて表現や言論への弾圧を「忘れまい」と訴える趣向になっている。
 〈ナチの書のみ堆(うずたか)し独逸(ドイツ)語かなしむ〉は時局に便乗した当時の書店の光景であろう。今のヘイト本を想像させる。句は一本の鞭(むち)のように、作者の古家榧夫(かやお)と檻の中からこちらを見つめている。
 館主のマブソン青眼(せいがん)さん(50)はフランス出身の俳人で長野市に住む。兜太さんを師と仰ぎ碑の建立に尽力した。その人の言葉にはっとさせられる。「上からの弾圧だけではない。下からの弾圧がこわい。まわりの目が気になって、怖くなって、自分の自由を自分であきらめる。自分で自分の檻を作っている」
 大げさな話ではない。職場や地域など日常の中での「空気」の圧力は誰にも経験のあることだろう。政治色を嗅ぎとられる意見や表現は、近年とみに息苦しさが増している。メディアもまた自己規制という「檻」を内部に抱えている。
 碑も館も、ささやかな存在だ。しかし訪ねてみると、それらの句が過去のものではなく、今という時代と深く切り結んでいることに気づかされる。油断してはならない、という声を遠くから聞く。



  





 過日、上山慧氏から4冊の本をいただいた。昨日持ち帰り、今朝通読した。
 4冊は発行順に「大谷大學史學論究」第23号、「熊野誌」第64号、「歴史と神戸」第57巻第3号、「大阪民衆史研究」第71号であり、それぞれに上山氏の論考が掲載されたものだ。  同氏は大谷大学大学院文学研究科博士後期課程で学術研究に勤しむ若き研究者だ。彼は明治末期に引き起こされた「大逆事件」の研究を事としている。
 論考のテーマは、それぞれ「毛利柴庵と『牟婁新報」への弾圧」、「峯尾節堂の生涯と思想」、「井上秀天と初期社会主義者との関係についてー神戸平民倶楽部における活動と大逆事件を中心にー」、「神戸における大逆事件関係者について」と題されている。この4つの論考について詳述するのは難しいから、気のついた断片だけを紹介しておく。
 「大逆事件」そのものは明治政府がデッチあげた最初の社会主義者・無政府主義者への大弾圧事件としてよく知られるので詳述はしないが、初期社会主義の相貌を極めるのは簡単ではない。著者の注目点の一つはそこにある。
 著者は「事件に連座した26名の被告のうち、内山愚童・高木顕明、峯尾節堂の3名は仏教者であった。事件容疑者として捜索を受けた者に、真言宗御室派ん毛利柴庵と曹洞宗の井上秀天がいた」と仏教者の存在に注目している。毛利柴庵については、「混沌たる諸思想の状態にあった『初期社会主義』を明らかにするために」「毛利柴庵の思想の状況や『牟婁新報』論調をみる」というのである。宗教者、なかんずく仏教者が「無政府共産」という思考に傾く過程はそれぞれ興味深い。
 通読して強く感じるのは、当時の思想家、実践家は共通して思想、信条、言論、集会、結社の自由について強い見識を持ち、当時の権力的横暴に対して堂々と立ち向かっていたということだ。
 
 
 

初めは初句を「来年と」とした、次に「来年だと」としてみた、結局「来年を」とすることにした。ご意見は色々あるかもしれない。見向きもしない方も…!
まぁいいのです、気まぐれだから…!

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 昨日、少しアップしたように「評伝 管野須賀子〜火のように生きて〜(堀和恵著)」を半日かけて読んだ。その感想の一端をまとめておきたい。
 「評伝」とあるからには須賀子の人物評価と伝記のないまぜになったものであることは違いない。だが、ボクは帯にある「現代に蘇る!」という言葉に目を惹かれた。「一人の女性のフレームアップされた虚像を剥いだ、真実の姿」がどのように描かれているのか、そこに関心を惹かれたのだ。
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 ボクが真っ先にあげたいのは、著者はおびただしい資料を渉猟し、あちこちの現場を逍遥して、今日的な感慨を表現されていることだった。
 大逆事件そのものが大がかりなフレームアップ(デッチあげ)によるものであり、断じて刑の執行など許されるものではなかった。そのことは、ようやく幾ばくかの人々の間では「常識」になろうとしている。その多くは「史実」として語り継がれている。
 しかし、唯一の女性の犠牲者、管野須賀子にまとわりついた「妖婦」「毒婦」伝説は根強く、良識ある人々の間では克服されているとはいうものの、ある種の「贔屓」とみなす人さえ残されている。
 本書はそのタチの悪い「伝説」を須賀子の生い立ち、ジャーナリストとしての論陣、様々な局面での「愛と葛藤」の実像に触れ、解明している。有名な荒畑寒村や幸徳秋水との触れあいと、すれ違いの実相などはそれだけで読むに値する。
 正義感の強さ、女性らしい喜怒、子どもたちへの優しさの点描を活写する筆致は素晴らしいものだ。

 二つ目に挙げたいのは、もちろん「大逆事件」をめぐる背景についての論述だ。事件の「被告」とされた人達の「無政府・共産」、社会主義やアナーキズムについての理解の度合いがまちまちであったこと、その経過についての表現もほぼ適切だろう。
 単なる理想、空想に近かった「社会主義」が、そのプロパガンダのあり方を巡って初期の社会主義者が「直接行動派」と「議会政策派」に分かれる兆しが見えはじめていたこと。事件の首謀者とされる幸徳秋水が「直接行動派」から身を引き始めようとしていたことなどは注目しておきたい。

 では、どうしてこのようなフレームアップが成立したのか。その際、司法当局の間には何の矛盾もなかったのか。その間の事情についての記述も参考になる。特に、平沼騏一郎の野望の凄まじさは肝に銘じておくべきだろう。

 獄中での須賀子の言動、デッチあげへの糾弾、針文字、「死出の道艸(しでのみちくさ)」、平出修弁護士との関わりなどはよく知られていることではあるが、現物を読んでいない人のためには格好の解説書となっているのではないか。

 さて、最後に触れておきたいのは、第5章「そして、その後」のくだりが設けられ、「ヤヌスの苦悩 ー 森鴎外」「伝搬する周波 ー 石川啄木」「真情のバトンタッチ ー 堺真柄」に触れられていることに注目しておきたい。石川啄木がこの事件について多大の関心を持っていたこと、かなりの衝撃を受け、義憤に耐えかねていたことはよく知られている。が、著者が森鴎外や堺真柄にも目を届かせていることは、評価に値するのではないか。知る人ぞ知る、逸話ではあるのだが…!
 
 最後に、本書でも紹介されている須賀子の辞世の句を掲げて、筆を置く。

 残しゆく 
 我が二十とせ(はたとせ)の玉の緒を 
  百とせ(ももとせ)のちの 君にささげむ

 著者は書く。
 百年後の君とは、私たちのことではないだろうか。

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 昨日と今日、立て続けに2冊の本を読みました。読後、どちらを先に読めばよかったのかなぁ…とも思いましたが、とりあえず読んだ順にちょっと感慨を記しておきます。
 最初に読んだのは「9条を活かす日本」という伊藤千尋氏の手になるものでした。
 同氏は世界を歩き、日本の憲法9条の値打ちを実感するとともに、日本がいかに憲法を尊重していないか、如実に伝えています。しかし、「未来はある」。巻末の青年との対話に著者の決意と、ボクらのありようを学んだ思いがしました。
 青年:将来、日本が変わると信じていますか?
 著者:「変わるかどうか、じゃなくて変えるかどうか、だ。変えようとする意志がなければ社会は変わらない」「将来はどうなるかわからないから、信じるわけにはいかない。でも、今、将来を変えようとしている自分を信じることはできる」
 青年は私の言葉をしばらく反芻したあと、にっこり笑って「握手を求めてきた」というのです。
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 続いて読みふけったのが堀和恵さんの手になる「評伝 管野須賀子〜火のように生きて〜」という本です。
 「評伝」とあるとおり、単に管野須賀子の記録を尋ねたり「調査」しただけでなく、その折々の須賀子の感慨に著者自身がしっかり心を寄せつつ、客観性を失わないという極めてまれな挑戦に成功している著作だと実感しました。「評伝」というのはかくあるべきでしょうねぇ!
 大逆事件がいかにフレームアップ(でっちあげ)であったか、それは今日かなり知られつつあるようです。が、その背景に時代に挑戦し、苦悶する青年たちがいたか。迫害に耐え、自己と未来を信じる青年たちがいたか。そして、今その姿を学び直そうとする人々もいる。著者の「学びつつ、挑戦する」苦労が見事に実った著作だと実感しました。