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 4月6日の朝日新聞夕刊から、朝井まかてさんの小説「グッドバイ」が始まりました。挿絵は津上みゆきさんです。
 ボクは以前に朝井さんが「和蘭陀西鶴」と言う作品で織田作之助賞を受賞され、その機会にお話を聞いたことがあります。同氏は他にも直木賞や中山義秀文学賞なども受賞された気鋭の人です。
 津上さんの作品は多分、初めて接するのではないかと思いますが、冒頭に掲げた画のとおりとても爽やかでコクのある画を描いておられます。説明によると「スケッチを元に、一貫して『View』と名付けた独自の風景画」を描かれているとのことです。
 同紙の夕刊にはこれまでもなかなかの小説が登場していたようですが、朝刊の小説より少し長く感じて敬遠してきました。が、今回朝井さんの作品とあれば…と思い一読してみました。
 「女だてらに腕を組み、脚を少しばかり広げて足許の土を踏みしめた」お希以(おけい)が主人公です。長崎、出島界隈で和蘭陀商船を迎える風景、一幕から物語が始まります。その情景を書き起こす描写、文章の確かさ、方言、語り口の面白さ、とても魅かれるところがありました。
 まだ、始まったばかりで、どんな展開になるのか見当はつきませんが、次回以降もきっちり読ませてもらおうと心決め。愉しみが増えました。
 朝井さん、津上さん、どうぞよろしく!

<追伸>
 本文中に気になる表現があった。
 「木々は新緑や萌葱(もえぎ)、若緑、百緑の葉を悠々と繁(しげ)らせ、枝を伸ばしている」というくだりだ。()内は、本文ではルビがふってある。
 萌葱はルビがあるから読める。若緑はルビがなくとも読める。さて、百緑が読めない。手元の辞書で「ももみどり」を引いてみるが無い!「ひゃくりょく」これも無い。「ひゃくろく」も無い!「びゃくろく」も無い!困ったなぁ!で、PCを開いて「百緑」を引く。始めに出てきたのはコミックじゃやないか!「びゃくろく」というものだ!こんなはずは無い。
 で、「百緑」のままあちこち探す…!あった!「びゃくろく」で良いらしい!色見本もついている。

 「色資料集」というところだ!

  http://www.7key.jp/data/design/color/index.html

 ここに「色名別索引」と「色の系統別索引」がある。

 とりあえず、「色の系統別索引」で見るとず〜っと下の方にあった。萌葱の色、若緑の色、百緑の色、それぞれに違う!

 なるほどなぁ!

 朝井さんの博識にも感心した!でも、難しいもんだなぁ!これも愉しみの一つか!


*途中から字体(フォント)が変わってしまっている。分かっているのだが、直しようが無い!仕方がないのでこのままアップせざるを得ない(サイトが変なのだろう)*

 


真理は今は押さえ付けられていても、必ずやその姿を現し我々の頭上に輝く!

 今日4月4日は、キング牧師がメンフィスで暗殺されて50年目の日です。キング牧師の言葉をもう一度かみしめたいものだと思います!

抑圧されている人々が永久に抑圧され続けることはあり得ない!

 今日は遠来のお客が来るのでちょっと遊んでみた!
 これを額に入れておくつもりだ!
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  アメリカで悲惨な銃撃事件が続いている。3月24日、銃規制を求める「命のための行進」が取り組まれ、全米で100万人、首都ワシントンには80万人が集結したという。行進を呼びかけたのは高校生たちだ。
 昨日届いた「日曜版」をみて驚いた。高校生の掲げているプラカードに
 THANKS TRUMP! YOU TURNED ME INTO AN ACTIVIST!
とあるではないか。
 ありがとうトランプ! 貴方が私を行動する人に(戻)してくれた!
というのだ。
 PCで探してみると、どうやらこの言葉はプラカードだけではなく、色々な形で使われており、この人たちに共通のスローガンになっているようだ。ボクはこの言葉に少しく感動を憶えた!Thanks Trump!という言葉に込められた諧謔の精神に…!

 この精神と行動は、現下の日本でも適用できるのではないか!
 Thanks Abe!
 You turned me into an Activist!

 自らは保守派だという人も銃規制を求めるこの行進に参加したという。

 今日の新聞「潮流」欄に「目で物を見た経験をもたない全盲の人でも『色』を認識している」という刺激的な言葉がありました。「木々のざわめきや風の音、花の香りや手触り。視覚に障害があっても、聞いたり、触ったり、嗅いだり。そして想像したり。ほかの器官や感覚を働かせて。晴眼者には見えない桜が見えている」ともいうのです。「視点に縛られない人たちは、自分の立っている位置を俯瞰(ふかん)できたり、情報に踊らされず物事を客観的にとらえることができる」(『目の見えない人は世界をどう見ているのか』)とも…。
 ボクにも「多分そうだろうなぁ…」という体験がいくつもあります。時にはその「感の良さ」に驚くこともしばしば…!
 で、結句の言葉に強い感銘を受けました。
 ▼ひとくくりに「見えない」といっても、その内実はそれぞれ。自分とはちがうことを特別視しないで、多様さを対等な関係でみることの大切さ▼とあったからです。
 自分と違うことを特別視しない!多様さを対等な関係でみる!
 体験する様々な場面で、身につけておき、適用すべき態度であり、その意味でとても大事な指摘、教訓だと感じたからです!